「寄ってよね」に集う人々
小さなお山のある町の駅の近くに居酒屋『寄ってよね』がある。
ここは昔から地域の人々の憩いの場であり同窓会の集い、無尽仲間、会社帰りなどに利用することが多い。店主のよねさんは人々の良き相談相手であり母親のような存在だった。
しかしそのよねさんも年を取り、今はよねさんの息子の草三(くさぞう)の嫁である美代(みよ)さんが主に店を仕切るようになってきた。優しく賢い美代さんはよねさんに劣らず地域の人々の人気者である。
一方、『寄ってよね』を訪れる人々も年齢を重ねそれぞれ生活に支障が起きるような病気も抱えるようになってきた。
あなどるな糖尿病
ここは電子部品メーカー健日製作所である。 終業時、会社の廊下、時計の針は17時30分を指している。いそいそと帰り支度をしている志望寛(しぼうひろし)の後ろから先輩の原出太郎(はらでたろう)が声を掛けた。
「おーい寛帰るのか。ちょっと一杯付き合え」
「原出さん。またですか。今日はちょっと……」
「ちょっとって何だ。付き合いの悪い奴だな」
「実はちょっと糖尿病がね。この間病院で一言先生に言われたんです。
『飲酒を控え一日のカロリーも控えなさい』って」
「何だそんな事か。ばかだなお前も。俺なんか昔からずっと言われている。
でも見ての通り何ともないじゃないか。まあ付き合え」 こうして原出太郎は志望寛を強引に引き留め、いつものように居酒屋『寄ってよね』の暖簾をくぐりました。
「こんばんは。美代ちゃん。焼き鳥に餃子、それから茄子の煮びたし、焼き肉もいいな。おっとその前にまずビールだ」
「あらこんばんは。原出さんいらっしゃい、それに志望さんも。はいはいただ今」
すぐにテーブルの上には多数の料理、ビールビンが並びました。
「あーうまい。うまいな。これでこそ生きている証だ」
「原出先輩、そんなに飲んでいいんですか? それに少し食べすぎですよ」
「何がカロリー制限だ。お前な、人生は短いんだ。『酒を控えろ、うまい物食べるのを控えろ』なんて、何のための人生だ。うまいものを食べ、好きな酒を飲んでそれでこそ人生だ。えーそうだろう?」
「でも心配だな。先輩も糖尿病なんでしょう?」
「そうよ。尿糖なんて4プラスも出ている。それがどうだって言うんだ。小便に糖が出てもどうってことないよ。痛くも痒くもない。それに小便から砂糖が取れるんだ。いいじゃないか。砂糖製造機だ。それがどうして悪い。俺は何ともないぞ」
「でも心配だな。先輩は少し太りすぎだし、本当に何ともないんですか?」「お前はな、いい奴だけどちまちま、うじうじでいかん。さあ飲め飲め。たかが小便に糖が出るだけじゃないか」
「いいのかなあ。何だか心配だな。でも先輩は何ともないって言っているし」
「いいって事よ、それに一回位飲んだり食べたりしたってどうってことないさ。心配なら検査の数日前から少し食べるのを減らしておけばいいさ」「いいのかな。そう言えば先輩はタバコは吸わないのですね」