Chapter1 天変地異
「確かにその通りだが……」
その時、表から、
「キャーッ!」
「ウワーッ!」
重苦しい空気を引き裂くように悲鳴が聞こえてきた。甲走った声に入り交じり、ドタドタと駆け回る音がする。
「今度は一体何だ?」
中にいた面々は表へ飛び出した。外は夕焼けで茜がかっていた。
巴に並ぶ三つの竪穴式住居の中を、中学生らが入り乱れて駆け回っている。女子は涙を浮かべ、男子は血相を変えている。転んで膝を抱えうずくまっている子もいる。
「どうしたんだ!」
早坂の叫びに、近くにいた女子中学生が一点を指差した。土煙の中に、いきり立つ四足の獣の姿。
「あれはイノシシだ!」
沼田は言った。獣は毛を逆立て、岩のような巨体を前傾にし、今まさに突進する構えである。
目と牙が白く光っている。血に飢えた獣は標的を探っているかのようだ。
「野生のイノシシは危険だ。逃げよう」
沼田は早坂の背後に隠れて言った。
「押すなよ」
早坂は沼田を背中で押し返した。
「逃げようにも道は途切れてる。一体どこに逃げるんだよ」
「アイツにキャンプ場を乗っ取られるわけにはいかない。なんとか追っ払う方法は無いか」
盛江は息巻いた。
「接近したら負ける。ありったけの物を投げつけて追っ払おう」
そう言ったのは砂川雄太郎(すながわゆうたろう)という男子大学生だった。彼はボランティアサークル内で数少ない国文学科の学生で、深い人付き合いを好まなかったが、キャンプには例年参加していた。
普段口数の少ない彼の意見に、誰もが同意し、竪穴式住居に駆け戻った。様々なモノが表に運び出された。カセットコンロ、鍋、バケツ、懐中電灯、スコップ、カナヅチ、サンダル……。
「それーっ!」
大学生たちは掛け声もろとも物を放った。イノシシは物が当たっても平然としていた。やがて、ひとつ身を震わせると、地鳴りのようなうめき声をあげ、一心に駆け出した。
「うわあ! 怒らせた!」
学生らはちりぢりに逃げまどった。それでも一度投げた道具を拾っては、イノシシめがけて投げつけた。イノシシは学生らを弄ぶかのように縦横無尽に駆け回ったが、しばらくすると飽きたのか、藪の中へ消えていった。