【前回記事を読む】ビートルズの秘密――時代を超えて、世界中から愛される「The Beatles」。これだけ人気を保ち続けているのには理由があって…
第1章 ビートルズがビートルズになる前 Before The Beatles became The Beatles
①プロデビューはロンドンでもリヴァプールでもなかった
ソロ歌手のバックバンドがプロとしての初仕事
ビートルズは、イギリス出身のバンドですから、ロンドンを中心に活動していました。しかし、メジャーデビュー前の下積み時代には、イギリスの北西部にあるリヴァプールという港町にあるキャヴァーン・クラブのレギュラーバンドとして演奏していたので、そこでプロデビューしたと思われがちです。
しかし、実は、彼らがプロとしてデビューしたのはイギリス最北部のスコットランドだったのです。ロンドンから最も遠いフレイザーバラという街はロンドンから約1000km、日本なら東京から根室までの距離で、彼らは、そんな遠い地方でデビューしました。
新人歌手のジョニー・ジェントルが1960年5月20日から28日まで、スコットランドの7都市で7回公演することになったのですが、ビートルズは、そのバックバンドとして初めてステージに立ち、彼らのプロ・ミュージシャンとしてのキャリアがスタートしました。
ギャラは、1人につき18ポンド(現在の貨幣価値にすると9万円程度)、それとガソリン代が支給されただけです。それでも、貧しい彼らにとっては夢のような話でした。
しかし、ことはそう簡単ではなく、大きな壁が彼らの前に立ち塞がりました。当時まだ学生だった彼らは、遠いスコットランドへ行くために9日間も学業を休まなければならず、家族を説得する必要がありました。
参加を決断する5月18日と19日の2日間は、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、スチュアート・サトクリフ(当時のベーシスト)、トミー・ムーア(当時のドラマー)の5人のビートル(メンバー一人一人を指す時はこう呼ぶのがお約束です)たちにとって、大きな人生の岐路となりました。
ジョンは、在籍していたアートカレッジは欠席して、スコットランドへ行くことをすぐに決めました。もっとも、同居していた伯母のミミには、何も言いませんでした。言えば猛反対されることが分かっていたからです。
ジョンと同じカレッジに通っていたスチュアートは、正直に両親に打ち明けましたが、当然のことながら猛反対されました。しかし、彼もスコットランド行きを決断したのです。
高校生だったポールは、父親に反対されましたが、彼には青年に成長した息子を止める力はもはやありませんでした。
ジョージは、電気工の見習いとして働いていましたが、兄に「兄ちゃんがオレだったらどうする?」と尋ねました。兄だけは「面白いかもしれない」と賛成してくれました。他の家族は猛反対でしたが、彼もスコットランド行きを決断しました。
ドラマーのトミー・ムーアは、本業を9日間も休みましたが、妻にはバカじゃないのと呆(あき)れられました。