【前回の記事を読む】ロスからマイアミ、そしてキーウェストへ──還暦記念の旅で出会ったヘミングウェイの息吹と海底に眠る歴史
第二章 思いはアメリカへ
10 親を騙した「猫」の思い出
キーウェスト、ヘミングウェイとくれば、6本指の猫が有名である。その昔、パパ・ヘミングウェイが、なじみの船長から譲り受けた猫が6本指だったことから、この界隈ではかなり繁殖したそうである。元来は「多指症」という一種の奇形なのだそうだが、親指のような6本目の指を使って器用にネズミを捕ることから、船乗りに愛されたとのこと。
キーウェストで見た猫がそれであったのかは、どうにも近寄れず確認できなかった。ところで筆者にも、猫にまつわる思い出がある。60年もの歳月をさかのぼることになるが……。
猫の思い出には、親を騙したことが鮮烈な記憶として心に残る。あれからおおむね60年が経過した。すでに時効も成立しているし、騙された親父もおふくろもすでに黄泉の国に旅立って久しい。すべてが時間の経過とともに許される頃と思うので白状する。それは、親父と捨てに行った子猫3匹を私が連れ帰ってしまったことである。
この話は、年代の記憶は定かではない。マイ自転車が手に入ってからのことゆえ、小学校3年生頃のことだったか。
ある夏の夕暮れ、親父が「猫を箱に入れろ」と言うので子猫を集め、箱に入れて持っていった。そしたら「ちょっと散歩に行こう」と言うので、親父の自転車の後ろに猫の箱ともども乗った。どこかへ楽しく自転車ハイキングかと思いきや、どうも様子が違う。
どうやら猫を捨てに行くようだと勘付いたのは、家から遠く離れた頃であった。しかし、その頃はすでに私も子供用自転車を乗り回している時期であった。
今風に言うと「チャリンコ暴走族」とでも言われそうな、クソ餓鬼だった。それはさて置き、親父の目指した猫の捨て場所は、当時私が魚釣りによく通った道中である。周りは田んぼばかりだったが、砂利道(公道)の脇に駄菓子屋が1軒ぽつんとあった。そこは我が家からは遠く離れ、当時の記憶では優に自転車で40~50分以上はあったと思う。
自転車から降りた親父は、駄菓子屋の軒先にそっと箱を置き、そそくさと逃げ帰ってきた。おおらかな時代だった。今では、現場を見つけられたら、責任をとれと面倒な話になるだろう。
しかし、何とか処分したとホッとしている親父の不覚は、よもやこんな遠くまで私の行動範囲が広がっているとは思いもしなかったことだろう。私には子猫の捨て場所が極めて明確に認識され、再度そこに来ることも全く問題はなかった。
