2~3日後、そろそろ回収時期と考え、私は一人で捨て猫現場の駄菓子屋までマイ自転車で駆け付けた。駄菓子屋の婆さんからは「ニャーニャーとうるさくてしょうがなかった」と小言を言われたが、回収完了、即座に撤収。夏でランニングシャツ1枚の私は、3匹の子猫をランニングの中に押し込み、そそくさと現場を離れた。

何日ぶりかで味方に出会った子猫たちは、安心して私の懐から顔を出したが、「今度はどこに連れていかれるやら」と一抹の不安を隠せない表情をしていた。さて、ここからが智恵の使いどころだ。大人を騙さなくてはならない。

家の間近で猫たちを懐から出し、家に向かうように放した。あとは帰巣本能に任すしかない。しかし、私のランニングの内側は、夏の暑さと遠くから自転車をこいできたため、滝のような汗をかいている。そこに3匹の猫の抜け毛がびっしりと張り付いていたので、私が捨て猫を回収してきたのが自明になってしまう。

そこで親猫を捕まえて、ランニングシャツの中に押し込み、そうやって遊んでいる姿をお袋に見せ付けたのだ。これで私の胸や腹に張り付いている猫の毛は、親猫のものであると認識されよう。子供の浅智恵とはいえ、なかなかの知能犯だ。その直後に、親猫が子猫を見つけて、無事生還となった。涙の対面である。お袋はビックリ、私はしめしめ、してやったり。

今思うに、当時親は何も言わなかったが、騙されてくれたのだということがこれを書くことでピンと閃き、初めて深遠な親心というものが理解された。如何に3匹の子猫が協力し合おうとも、あれだけの距離を帰ってこられるわけがない。道中には川もあり、道路や鉄道も横断しなくてはならず、そんな奇跡のような話があるわけはないのだ。

それは映画や小説の中だけだ。やはり子供の浅智恵だった。と同時に、余計なことをしたと怒りもしないで騙された顔をし続けてくれた両親は、大した役者だった。大きな愛情だった。

【後日譚】我が母はすでに黄泉の国に旅立って久しいが、今から14~15年ほど前、齢90を超えた頃に、この猫物語をしたことがあった。当時の母は、その精神活動は至って元気で、まともだった。その時の母の言である。

「あのときは、わたしゃ本当に奇跡が起きたと思ったよ。いろいろな苦労を強いられただろうに、遠くから戻ってくることができたなんて本当にご苦労さん。子猫たちを見つけたときにゃ、わたしゃ本当に涙が出たんだよ。今このときでも、あの情景を思い出すと涙が出てくるよ。

だけど、この年になってお前から、こんなことを知らされて、わたしゃ心底がっかりした。お前に騙されていたなんて、本当に思いもしなかった」とのことであった。どうせこのときまで話さずにきたんだったら、もう少し辛抱して黙っていたほうが親孝行だったと、心の中で二重の親不孝を詫びた。世の中には本当のことを知らせることが、悪という場合もあるんだ。

 

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