「どちらか、出かけるんですか?」

「ええ、大阪の堺に行くところです」

「誰か待ち人でもいらっしゃるんですか?」

「そうです、私は一人の愛する女性を探してます」

男性は遠くに視線を移して、沢田に対して静かに語りかけた。

「どのような方ですか? ちなみにお名前を教えてください」

「ええ、私の愛する女性で妙子と言います」

「大切な方ですか? その方に会いたいんですね」

「はい」

すると、中肉中背の若い乗務員が、不思議そうな表情で、遠慮がちに声をかけてきた。

「何を先ほどから、独り言を言ってらっしゃるんですか? 車両には誰もいませんよ」

沢田は気づいた。喋っていた相手は自らの幻影であることに、そして乗務員に返答した。

「どうやら寝言を言ってたようです」

「そうですか。きっとお疲れになっているんでしょう。それなら安心しました」

乗務員はそう言うと、安堵の表情を浮かべた。沢田は話しかけていた相手が自分自身だとは夢にも思わず恥ずかしく思ったが、自らの今後向かう先の相手が、妙子であると実感できた。外は不安げな雪へと変わっていき、茨の獣道が先には待っているようにも思えた。

札幌駅に到着すると、そこから青森、東京を経由し、東海道本線を利用して大阪へ到着したが、道のりは遠く、人生を物語るようでもあり、ようやく最終目的地の堺まで到着した。外は雪の欠片すらなく、駅からしばらく歩くと桜の木が並び、今にもはじけそうな蕾が見受けられた。まるで春の訪れを告げていることを実感できた。

早速、最後の手紙に書いてあった住所へと向かったが、そこは既に雑草地へと変わっており、瓦礫が散乱していた。

  

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