男は、一週間近くまともなものを口にしていなかった。スマートフォンのサイトで探した派遣のバイトで食いつないできたが、このところ仕事の依頼はない。稼いだ金はスロットにつぎ込み、負けると闇金で借り、バイト代で返金するという悪循環だった。
借金は五十万まで膨らみ、家賃を滞納していたアパートも今朝、ついに追い出された。そのときの人を見下したような管理人の目が、男には我慢ならなかった。
行き交う人波が現世の川だとすれば、さしずめ自分は淀みのようなものだ。いや、淀みですらなく、消えゆく泡なのだろう。だが、朝の出来事を思い返すと、このままおとなしく自分から消え去りたくはない。そんな鬱憤が男の生死調節つまみのボリュームを上げ、はらわたを破って噴き出したのだった。
「たった五十万ぐらい、くそっ、くそっ」
男は地方の高校を卒業し、東京に出てきた。しばらくは営業職を渡り歩いていたが、知り合った人物から持ちかけられ、高配当を約束して出資金を募る悪徳商法の片棒を担いだ。
一時は大儲けして、銀座の高級クラブを借り切って騒いだこともある。五十万ぐらい、屁でもなかった。この日、何となく銀座に足が向いたのも、そんな景気が良かったころのことが頭をよぎったからなのかもしれない。
今から思えば、そんな悪事が長く続くはずもなかった。捜査のメスが入り、刑の執行は猶予されたものの、一文無しになった。それからは、やることなすことうまくいかず、その日暮らしの状態が続いていた。
金さえあればと考えながら、ふらふら歩き、男は小さな公園にたどり着いた。水道の蛇口をひねり、うまくもない水を胃に流し込む。楽でいい仕事はないものか。とにかくこの状況を脱したい。闇金の連中に見つかれば、どんな仕打ちが待っているか分からない。