足をばたつかせ、懸命に叫ぶも、暮れの連休中であり、ひとの通りかかる気配はまったくない。

しかも窮地にもかかわらず、つい乙女心が邪魔をして、限定条件まで入れてしまった。

「できれば女性の方でお願いしまーふ」

逆さまになったまま、すでに五分は経過している。徐々に意識も薄れ、半ば諦めかけたそのとき、

――チーン。

エレベーターの到着を知らせるチャイムが鳴り、深紅のキャリーケースを持った妙齢の女性が降りてきた。

「特に根拠はないけれど……ひょっとして美羽さん?」

「正解です。その声は志村さんですか」

セリフに合わせ、ピンピンと足を跳ねあげる。あまりにもシュールすぎて、うすら寒ささえ覚える情景だった。

「同じく正解だけど……。あなた、なにをしているの」

「説明しますので、助けてもらっていいですか」

「うーん。よくわからないけど、わかったわ」

志村と呼ばれた女性は、キャリーケースを傍らへ置くと、美羽の腰に両手を回す。

よほどしっかりはまっていたのか、志村はゴミ箱の縁で指先を切りながらも上半身まで引き抜いてくれた。

「はぁ、はぁ、はぁ。ありがとうございます……。それに、お怪我までさせてしまい、ホントに申しわけございません」

ずっと逆さまになっていたので頭に血がのぼっている。美羽はタイル地の床にへたり込むと、両手を胸にあて、呼吸を落ちつかせた。

「この程度かすり傷よ。それでいったい、なにがあったの?」

「はい、じつは――」

 

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