プロローグ
――足が生えている。しかもゴミ箱から。
冬。十二月。肌を刺す北風が吹き、宵闇の空には粉雪が舞っている。
家々の明かりが淡く灯りはじめ、灰色だった世界が薄く色づいていく光景は、まるで一枚の絵画のよう。
時刻は夜の六時過ぎ。そんな幻想的な街角に建つ、五階建てマンションのエントランス内での出来事だった。
「たふけてくらはーい」
そのスリムで円柱状をしたゴミ箱は、ひっそりと集合ポストの横に設置され、誤って倒してしまわないよう、しっかりとボルトで床に固定されている。
「おねふぁいしふぁーす」
とある事情により、頭からスッポリとはまっている彼女の名は、私立探偵事務所、『ミウ・ビュー・デ・ディテクティブ』にて代表を務める美羽瞳(みうひとみ)二十五歳。
本来なら鼻にかかった、あまい声をしているが、今は中で反響し、妙にくぐもった低音となっていた。
――せめて足が着かないかな……。
すらりと背が高いので、箱の底さえ押しあげれば、腰だけでも外へと出せる。しかし、生憎と華奢な両腕には、そこまでの力はなく、ひたすらもがくだけだった。
――ううう。昨日、美容院に行ったばかりなのに。
悲しいかな、長い脚しか見えていないが、濡羽色したミディアムストレートは前髪がなく、いつもフワリと風に遊ばせている。
しっかりとした意志を感じさせるブラウンの瞳は、どこか鋭利な印象を与えてしまうも、桃色の内頬を覗かせる、艶やかな笑顔からは、明るくて、お人好しな性格が溢れでてくる、かわいらしい女性だった。
――あたし、どんな格好になっているんだろ?
冷たい汗が額に浮かぶと、重力に従い頭へ伝っていく。もはや想像すらしたくなかった。
――いや、そんなのどうでもいい。このままだと死ぬかも知れない……。
この期におよんで体裁なんて気にしている場合ではなく、とっとと救助してほしい。