「先生、このSNS見てください。この人、何で王様のチョコレートケーキを持っているんですか。生徒じゃないですよね」
麻里那から結愛にメールが来たのは、それから10日ほど経ってのことだ。
父と面会した翌週、ワオは何事もなかったかのように現れ、相変わらず飄々とした態度で菓子作りを習い、レシピ本のイラストサンプルを持参した。結愛を責めることもせず、いつも通りの明るさで結愛の心を温めた。
その時に教えたのが、王様のチョコレートケーキだった。細かい作業が得意だと言うワオは、見事に複雑な飾りを作り上げた。これなら次回はくるみのパンケーキを教えてあげられる、そう伝えた時にワオは結愛に抱きついて跳ねた。そして、大事そうにケーキを抱えて帰った。いつもは二人で食べることが多いのだが、この日は違った。
「どのSNS? あのケーキは、いつものクラス以外では父の喫茶店で出したくらいだけど、それも2か月前だし……」
そう返して、麻里那から送られてきたURLをクリックすると、ブリーチした明るい髪の女性の写真が目に入った。結愛の生徒ではない。その女性は手を広げ、結愛の王様のチョコレートケーキを得意そうに見せびらかしている。
「夫が通っているお菓子教室で、すんごいケーキを作って持ち帰ってくれたよ♪ 娘ちゃんも大喜び♪ 次は幻のパンケーキだって、楽しみすぎ!」
結愛は頭がじわっと締め付けられた。脳がレモンのようにスクイーズされるようだ。見たくないのに、確かめなければという義務感と、奇妙な好奇心が交錯し、「MIKARU」という女性のプロフィールを見た。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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