道長の問いかけに夢子は返事をする気力も体力もないようである。
「たれか、比叡へ参って験者(げんざ)を呼んで参れ」
道長は従者にそう言いつけて夢子の手を握った。床の反対側では尼僧姿の昌子が手を合わせて念じている。乳母も同じように御簾(みす)の向こうで手を合わせている。
夢子は元々の色白に病弱が加わり、白い肌の下には血管が透けてほんのり桃色掛かって見えるがそれは健康美ではない。切れ長の眼であるが奥二重の瞼が魅力的な娘である。鼻筋も通り、もし健康ならば帝の寵愛を受けても不思議ではないほどの器量である。
道長と昌子が床の両側から夢子を挟んで手を握り締めていると、大男が一人、部屋に入ってきた。背丈は七尺を超えている。男は中国風の帽子を被り、黒いこれまた中国風の衣装を纏っている。しかし道長も昌子も乳母もそれには気づいてはいない。男は夢子の枕元に座ると夢子に向かって話し始めた。
「朕は閻魔大王である。夢子よ、朕の話をよく聞いて返答せい」
閻魔大王と名乗った男の声は優しく穏やかだが威圧感がある。
「朕はそなたを夜明け前にあの世に連れて行かねばならぬ。だがそなたはまだ若い。朕の申す通りにするならば、あと十年の命を授けるが如何か」
夢子は自分が死ぬと聞いて頭の中が真っ白になった。
「死ぬのですか、私は。遂にその時が来たのですね」