二十分後、呼ばれた私たちは、やっとサバサンドにありつくことができた。レモン汁を自由にかけて良いとのことだったので、ドレッシングボトルを手に取った。レモン汁が勢いよく吹き出る。

「かけすぎじゃね?」

「やっちゃったかも。私のサバサンドが…」

私を反面教師にして、千春はゆっくりボトルを傾けて満足そうにした。渋々鯖フライに歯を沈めると、予想に反してあまり酸っぱさを感じなくて驚いてしまう。

パンはほのかに甘く懐かしい味がした。それらをまとめている様なソースはかかっていないのに、味がケンカしない。玉ねぎは瑞々しくて、ダイレクトに甘みを感じる。「美味」という言葉はこの食べ物のために存在するのか。

「辛くないよ。新玉ねぎだと思う」

千春は私を怪訝な顔をしてじっと見つめてきた。彼は玉ねぎが嫌い。サラダだって、かき揚げだって玉ねぎだけ抜いて私に寄越してくる。でも何故かハンバーグは辛うじて食べてくれる。玉ねぎを極力細かくするという労力の賜物かもしれない。

「美味しいでしょ?」

「美味しい」

私は舌を鳴らしながら堪能する。千春も思わず目を見開いている。

「美味しかった。ねぇ、また今度来ようね」

そういえば、千春と何かを「またしようね」って言ったことなかったな。

千春は目を細めた。思いも寄らない光景が目に飛び込んで来たものだから、即座にスマホを取り出した。

「千春」

彼は不思議そうに振り返った。

次回更新は8月20日(水)、20時の予定です。

 

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