最初に出るシャワーはいつも通り冷たく、心臓が止まりそうになる。先程開けた傷口が水の侵入を検知してじわじわと痛みだす。ピアスの穴は丁寧に洗って清潔にしていれば、早く安定する。完成するまでは何度も荒れて、痒くて、痛いけど根気強く粘るしかない。すると段々愛情が湧いてきて、穴を閉じる際は我が子を失うかの様に寂しかった。

千春がピアスを開け始めたのは高校を卒業してすぐだった。両耳に一つずつだったのに、少しずつ増えていって、穴だらけになってしまった。ピアスを開けすぎると幸運が穴から抜けていくと聞いたことがあるが、幼い頃から幸せだとは思っていないから関係なかった。

五個目から、私が真似をし出した。痛くて辛かったけど、一緒になれるのなら目を瞑って頑張った。例えバカだと思われていても。

傍からは仲良しなカップルに思われる私たちの関係は、犬も食わない。進展もしなければ、後退もしない。薬にも毒にもならない。それが一番良いと思いたい。

「私の事、どう思ってるのかな」

千春が私に向ける感情は、きっと恋でも愛でもない。願わくは、大切な人と思っていて欲しい。

そんな切ない想いを、汚い香水の匂いと共に洗い流した。

土曜の夜。明日は休みだと人々が飲み屋やカラオケに気を取られて浮足立っている時間。私はメイクに勤しんでいた。今日は二人とも休みだから、渋谷にショッピングに行く。

「前から欲しかった服まだあるかな」

「お前ああいう服好きだよな」

「うん。可愛いから」

「へー」

千春は私のことを「可愛い」と言ってくれたことがない。言って貰えると思って頑張ると、痛い目に遭う。心を込めた髪も睫毛もネイルも、千春を前にしたら意味を持たない。世の中の可愛いと言って貰える女子が羨ましくも妬ましい。

そう言えば、この前後藤さんには言われた。嫌いな人から言われても全く嬉しくないのだと悟った時、やはり千春は特別なのだと感じた。

「中学生の頃は言ってくれたのに」

「何が」

私は首を横に振って口を噤んだ。

千春以外はオフにしている筈なのに、メッセージの通知が鳴った。スマホのロックを解くと、誤送信と思われる写真が。千春の父親と私の母親とがベロベロに酔っている写真だ。分厚い化粧をしていても老けた顔が隠しきれていない。それを千春に見せると、鼻で笑った。

「まだ続いてんだ、アイツら。懲りないなー」

次回更新は8月16日(土)、20時の予定です。

 

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