大きな病院に勤務している外科医の麻里那にビジネスチャンスは必要ないだろうし、明らかに彼氏を忘れるための行動だと結愛は推測した。だが、結愛にとってはビジネスチャンスである。
結愛の両親が脱サラして東京の下町で喫茶店を始めたのをきっかけに、結愛は店を手伝い始めた。製菓専門学校を出た2年後のことだった。紅茶にもコーヒーにも合うお菓子を作ってと頼まれ、スコーンではありきたりだろうと、思い切って餡ドーナツやらカステラ生地に羊羹を挟んだシベリヤやら和梨のタルトやら、古今東西、和洋折衷、あらゆるものを作ってきた。
ただ、結愛はこの頃、別の洋菓子店に勤務しており、店長の許可を得て両親の店を手伝っていた。そのためお菓子は一日に1種類、5個限定で作るのが精一杯であった。
ところが、脱サラした人たちのその後を取材する番組で両親の喫茶店が紹介され、たくさんの客があれよあれよと押し寄せると、結愛の作ったお菓子は「朝から並ばないと食べられない」と今度はSNSで有名になり、一躍結愛は菓子研究家としてマスコミに取り上げられるようになった。
結愛は年齢よりぐっと下に見られる童顔で、鈴の鳴るような可愛らしい声であったので、アイドルとしてテレビが持ち上げるのは当然と言えば当然であった。
結愛は洋菓子店を辞めて、和菓子も洋菓子も作れるスーパーアイドル菓子研究家として、念願のレシピ本を出すことが叶い、そればかりかテレビ局系列のカルチャーセンターから声がかかって、お菓子教室も開くことができたのである。
そんな結愛の次の夢は、外資系ホテルで自分のお菓子を売ってもらえないかというものであった。麻里那の誘いは、そのようなチャンスかもしれない、と結愛は麻里那と違う目的で参加を決めた。
次回更新は8月16日(土)、18時の予定です。
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