「魔女は人を主食にしていたから、お菓子の家を作っても食べなかったんじゃないですか」
「そんな、味見もしないでヘンゼルたちにお菓子を食べさせようとするなんて、菓子研究家として見過ごせません!」
生徒の言葉に真剣に返す結愛に、また「先生ってマジメすぎ」と笑いの波が広がる。
クリスマスが近づく12月のお菓子教室は、季節外れの暖かい日差しが入り込み、この世の苦界とは無縁の様相を呈していた。
「ねえ、先生、今日の約束覚えてますよね」
生徒が片づけを終え、この後お決まりのお茶に行こうと誘い合っている中、先程の外科医、池添麻里那がいたずらっぽい笑みのまま、わざとらしい小声で近づいてきた。
「も、もちろん。私も仕事でステップアップしたいし……」
「場所は恵比寿。駅からすぐです」
手にしたエプロンを畳み損ねた結愛の狼狽を見ないようにして言葉を重ねた麻里那は、同業の彼氏の留学を機に、捨てられたばかりらしい。
結愛がこのお菓子教室を始めてからの一番付き合いの長い生徒で、忙しい中もしっかり通ってくれる。結愛も真面目だが、麻里那も真面目で凝り性で、次回のお菓子の予習も、前回のお菓子の復習もして、写真を送ってくるのに結愛は驚かされている。フランスのアンティーク人形のような顔立ちの麻里那が、フランスに留学していた頃に結愛が覚えたお菓子を作るのは、出来過ぎなほど美しい。
そんな麻里那が異業種交流会に結愛を誘ったのは、前回のお菓子教室の始まる前のことだった。麻里那と個人的にやりとりをしている結愛に対し、わざわざメールではなく口頭で誘うからには、その前の「彼が勝手に留学に行って連絡が取れない」ということを聞いてほしかったからだろうと結愛は悟った。
合コンのような軽いものではなく、独身の様々な業種の者が集まって、テーブルを移動しながらビジネスチャンスを探し、あわよくば恋が始まる、そういうものだと麻里那は結愛に説明した。