「俺、池添と付き合ったことあったっけ」
それで十分だった。麻里那は、どんなに体調が悪くても、高梨と喧嘩をしても、仕事にだけは穴を開けなかった。ところが、その日を境に麻里那は病院から姿を消した。高梨には、「さすがに傷付きました。生きている意味はないと思いました」というメールが届いて以来、音信不通となった。
そう、高梨はもしかすると麻里那がひそかに徳島に帰っているのではないかと探しに来たのだった。生きていると信じたくて。
「池添のおじいちゃん、亡くなったんですよ」
隣の店の主人が高梨にそっと声を掛けた。
「ここの娘さんが亡くなったんじゃ……」
高梨は涙で汚れた顔で振り向いた。
「娘さんじゃないですよ。でも、お葬式にはマリちゃん、いなかったなあ。仕事かな」
ありがとう、そう言って高梨は最敬礼して、取り出したハンカチで涙を拭いながら、力強い足取りで眉山へ向かった。麻里那は生きているかもしれない。それだけでまた希望が膨らんだ。
「眉山は、徳島中が見渡せるんですよ。一番好きな場所。辛いことがあると、登るんです」
麻里那は、そう言っていた。眉山に登ると、麻里那がいるかもしれない。いなくとも、麻里那のいる場所が見えるかもしれない。そう思って、高梨は眉山に登った。
次回更新は8月14日(木)、18時の予定です。
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