【前回の記事を読む】入学式当日「同伴者はいません。僕たちだけです」親友の両親は共働きで、僕はそもそも両親がいない。
タンポポ
式は校歌斉唱を終え、残すところは閉式の辞のみ。進行役がまた朗々と締めの言葉を述べ、ようやくお開きとなった。
一刻も早い式の終了を夢見て、プログラムの書かれた用紙を何度も無意味に確認し、式が終わる頃にはくしゃくしゃになっている現象は、あるあるなのかな。
現実的な空間に戻れる安堵を感じながら式場を出ると、クラス名簿とこれからの日程の書かれた冊子を配布している中村さんがいた。僕たちに気づくと軽く微笑み、冊子を手渡す。
「はい、君たちもどうぞ。あ、式は退屈だった? 寝起きみたいな顔をしてる。はっは」
優しくふわっとした雰囲気だから油断していたが、中村さん相手にそれは禁物みたいだ。よく観察されている。でも桜井先生の威厳よりはマシ。
「いやあ、どうもこういうのは苦手で、寝ちゃうんですよね。副校長先生の話以降は爆睡でした。な! 颯斗?」
あっけらかんと式中の失態を告白できる和也が、なんだか羨ましかった。
「一緒にすんな。無意味にちゃんと起きてた」
「お前、無意味にって……。一番失礼な気がする。っておい! 颯斗やったな! 俺たち同じクラスだよ」
確かに、手元のクラス名簿には和也の名前と、少し下に僕の名が書かれていた。全体的に、四文字の漢字の名前が大きく面積を占めている。
「え! まあ、喜んでおいてやろう」
「なんで上目線なんだよ!」
僕たちのやりとりを見て、中村さんが破顔した。
「はっは! 君たちは本当に仲が良いんだね。こっちもおかしくなってくるよ。今日は式だけだから、このまま帰宅して大丈夫だよ。明日からはいよいよ学校生活のスタートだ。初日から遅刻したらダメだよ? 二人とも」
「はい!」
僕たちは同時に返事をして、足早に会場を後にした。ちなみに中村さんだが、最近結婚されて、婿養子に入った関係で苗字が変わったらしい。しかし学校内では、旧姓の中村を使用しているとかなんとか。
校門の付近で開催されていた、保護者同士の井戸端会議から盗み聞いた内容だ。なんとも紛らわしいことだと、不躾ながら思う自分を心の中で戒めた。