「身体がやっと温まってきました」白川はそう言って表情をやわらげた。
「雪の三千院。来てよかったじゃない」
「はい。雪化粧した三千院、素敵でした。茅根さんと京都に来たのはこれで二度目ですね」
「白川さんにはたくさんの史跡を案内してもらったけれど、僕が誘ったのは一度だけ」
もうずいぶん前の話なので詳しい経緯は覚えていないが、確か茅根が「史跡探訪集いの会」で世話になっていたからと誘ったのだった。
「嵯峨野をそぞろ歩きしました。大沢池(おおさわのいけ)で寛いでお話ししましたね。忘れられない思い出です」
ウェイトレスが抹茶の入った茶碗をテーブルに置いた。
椿の練り切りを摘まんだあと、二人は同時に茶碗を取り上げ抹茶を飲みほした。
「少し落ち着いたかな」
「そうですね」白川は微笑んだ。
「僕ね、白川さんから返信が来るなんて思っていませんでした」茅根はメールの話を持ち出した。
「私だって、返事が来て会ってくれると知ってちょっと驚きました」
「僕、今年六十五になりました」
「私は還暦を過ぎちゃいました」
顔を見合わせて笑った。
「ところで、お母さんが亡くなって三年経つのかな」
茅根は三千院の往生極楽院で手を合わせていた白川の後ろ姿を思い出し、ふと脳裏をかすめたことを言葉にした。
「はい、あの時はご心配をおかけしました」白川は言った。