その日暮らしの何の蓄えもない女が、帰りのタクシー代が惜しい為に、酔いに任せ選ぶのは今まで、無事何事もなく帰れたと言う、何の根拠もない浅はかで、愚かな自信からなのだが──
紳士的に見えても知らない男の車に、女が一人乗ることは何を意味するか、それに男とのアバンチュールを求めた訳でもない。
それは何の保障もない浅はかな賭けなのだから、憐みの言葉など聞くはずもない<女>の目に映るのは辱みの視線なのだと。仕方ないと呟く女が選ぶ結末は、吉と出るか凶となるか。
暗やみを照らし走る車が急に止まり、男が躰を要求した時、愚かな賭けが外れたのを知るが、元に戻れないのも知った。
車の中で大声を出し抵抗する女に、皮肉な笑いを浮かべ男が言った。「こんな所で降ろされても良いのか」こんなとは人家も見当たらない寒々とした場所だった。
容赦のない冬の冷たい風が、車の窓を叩くのが聞こえた。人気のない場所で降ろされる、不安は恐怖へと変わった。
躰が固まり泣き叫ぶ声も出ないまま、男の手が躰を触るに任せるしかないのかと、ただ冷たい涙だけが頬を伝って流れた。
ふいに男が女の躰から手を離すと、車は猛スピードで走り出し、そして女の目的地に着くと、無言で車のドアを開けたのだった。
走り去る車を背に歩き出す女は、地に足が着くのに気づくと急に怒りを感じた。愚かにも自分を信じた結果躰を触られたのだ。
苦々しい思いが胸に込み上げ、やり切れない悲しさで一杯になっていった。抑えられない感情が溢れ忘れられるならと、切ないほどに誰かを求める女を、唯一知っている男のマンションへと向かわせるのか……。
唯一知っている男とは、大衆キャバレーで働く女を、今のクラブに引き抜いた男で名はKと言った。女に慣れた口の上手いKと、男と女の関係になるのはすぐだった。
一度Kのマンションに行った時、姉と住んでると澄まし顔で言うが、その部屋の隅々に漂う匂いは、姉という身内の匂いではなかった。それは夜の世界の甘酸っぱい匂いだった。