果たして、この車内に今日、邪魔だから生きるなと言われた者が何人いるのだろうか。
目の前のストライプのスーツで極めている男性も。
くたびれたスーツでネクタイも緩んでいる男性も。
これから出勤するであろう、香水の匂いをなびかせている女性も。
どのようなバックボーンがあって、平然とした顔をしているのか。
私だけが、世間から取り残されている感覚が、フツフツと湧いてきている。
その日の夜。
私はヒデジの店の常連客の、サカモト社長を誘って田町の串焼き屋で飲んでいた。
なかなかサカモト社長に今日言われた会社からの通達を、相談できぬまま時間が過ぎて行く。
「ケンボー長生きしろよ」「オレより長く生きろ」「オマエは本当に可愛いな」「オマエは最高だな」
と酔っ払ってくると毎度聞くセリフも、上の空だった。
生ビールを3杯飲んでも酔えない日。
そんな日があるなんて、考えもしなかった。
私はこの店の辛味噌ホルモンが大好きで、来る度に頼んでいる好物の品。
いつもなら美味しく感じるのだが、今日は噛めば噛むほど味気ないガムのように感じ、気が付いたときには、ただゴムを口に含んでいる感覚だった。
当然飲み込むことも出来ず、途中でトイレの便器に吐き出した。
どうしたものかと顔を上げ、トイレのドアを開けようとした私の目に飛び込んできたモノ。
それは何処の居酒屋にも貼ってある、船で世界一周○○○万円から!
という文言のアレだ。
今まで確実にスルーしてきたモノに何故か敏感に反応してしまった私は、そのポスターを見るやいなや
「旅に出よう」そう思い立った。