【前回記事を読む】右脚に味わったことのない違和感を感じ、一目散に帰宅。見ていると、全く力を入れていないのに勝手に足首がピクピク動いていて…
1 始動
新橋 2011年
2011年3月11日、変わらず前日の深酒により、身体が揺れていた。深酒した次の日はお昼ご飯は温かい蕎麦と決めている。遅い昼休憩が終わり二日酔いも醒め始め、午後も乗り切るかと気合いを入れ始めた頃に「ガツン」と大きな物音と共に目の前が揺れ始めた。
「えー、まだ二日酔い醒めてないんかーい」と心の中で叫んだ瞬間に、ゴルフクラブが、目の前から降ってきた。7万円するドライバーが、何本も降ってくるという異様な光景と共に、フロアが縦に横にと大きく揺れた。
私は咄嗟に足や手を出して、商品が傷つかないように押さえる。
「商品を足で押さえるな!」と怒られそうだが、サッカー経験者なら瞬時に足が出てしまうのが性なはず。
奥では「バキバキ!」と音を立てて、エスカレーターが壊れていた。幸いエスカレーターを使用してる客はいなかったが、エスカレーターの前で大きな揺れに動じずに会計をしている老人がいた。
今思うと、やはり戦後を経験してるであろう老人は最強だなと。
突然の出来事に若干混乱しつつも「あ、関東大震災がようやく来たのか」とも思っていた。小学生の頃、10年以内に70パーセントの確率で関東大震災が来るといわれて、そこから20年経った頃に、また10年以内に70パーセントの確率で来るという「70パーセント理論」。ようやく来たと私は思い「ああ、もう関東大震災が起こる起こらないの恐怖に怯えることはないのかな」と、少し安堵した気持ちに浸っていた。
揺れがおさまり、客に一度館内から退去してもらい、各フロアで上からの指示を待つ間に、ゴルフ売り場の大型テレビで、地震の情報を集めていた。
どうやら震源は関東ではなく東北だったようだ。
東北の非常な状況が、テレビで中継されてる映像を見て、隣の先輩社員が一言
「終わった、ウチの地元の方だ、終わった」
そう、私が入社した会社の半数以上は東北出身だったことを、この時思い出した。
19時、結局店は早く閉めることとなり、電車も全て止まっていたため「帰宅できる者は帰宅、できない者は会社に泊まる」という指示が降りてきた。私の職場は新橋だったため、帰宅することになる。