─この木箱を直したい。いつの日か俺が必ず完成させる。

面倒見が良く、ブツブツ独り言の多い棟梁には相談しないと決めた。たとえ、相談したところで、その技法がこの木箱に合っているのかは分からない。いつか修復する方法を自身が見つけて、木箱を元の姿に戻す。

創一は胸の中で何度も繰り返した。いつの日か必ず修復してみせると。

庭で洗濯物を取り込んでいた妻の志保が乾いた下着を両腕に抱えてやって来た。

「この風呂敷見てよ。物干し竿に引っかかってたの。木箱を包むのにどう?」手の中には紫紺の厚手の風呂敷があった。畳の上に風呂敷を広げ木箱をその中心に置く。風に舞いどこからともなくやって来て、物干し竿に絡まっていた風呂敷は木箱にぴったりとはまった。

宮大工を志した創一は三十歳前に独立し、棟梁になった。幼少期、毎日鉄拳が飛び、激しい言葉を浴びせる厳しい父親のいる家族の中で育った。姉と妹の三人兄弟だ。

姉と妹を溺愛し、男の創一には厳しい父親に反抗し、独り立ちするのに良い飯のタネと考え職業を選択した。それは偶然の選択でなく、なるべくしてなったと創一は考えている。

十七歳の時、家の隣の神社が屋根の改修工事をしていた。朝寝を決め込んでいたその日も木槌の音がトントンと朝から聞こえ、朝寝ができなかった。

─うるさいんだよ。寝てられない。

創一は目を吊上げ、寝間着のままで工事中の神社に向かった。棟梁に向かい文句を言った。

「そうかい、わるかったね。もう少しで終わるからちょっと我慢してくれないかな」

十時の休憩時間だったこともあり、創一の前に皿に乗った美味しそうなお饅頭がひとつ差し出された。湯呑には色の濃いお茶があった。創一の喉がゴクリと鳴った。見たことのない美味しそうな饅頭。

直ぐに右手が向かった。

棟梁の口が大きく開いた。

「ハッハッハッ。美味しいだろう。明日も来なさい。そうすればもっと美味しいお饅頭を持ってきてあげる」

次の日、創一は木陰に隠れ棟梁を見ていた。

「美味しいな、この饅頭」

大きな声で棟梁は言った。

「そんな所に隠れていないで、こっちにおいで」創一はその日に家出した。

 

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