自らの無力さが情けなかったからだ。あたりはにわかに暗くなり始めてきた。この島に猛獣はいないが、さすがに恵理も道に迷ってはまずいと歩き出した。
しかし、父親から性的DVを受けたなどと母には言えない。それ以上に、父の顔は2度と見たくない。
(今まで無視されても無視されても、それでも父親をかわいそうな人だと思って優しく接してきたのに裏切られたのだ。もう父親に思いやりなんて持てるはずない)と思うとまた泣けてくる。
なかなか家に帰れないでいた。学校では父の事故が子にたたり、仲間外れにされていたので行き先がない。林を出たところで真っ暗になった。
家の灯りを圧倒的に上回る孤島の夜空だ。満天の星が流れるようにきれいだ。しかし、恵理の心はこの先、晴れるような見通しは皆無だった。あり得ないと思っていた。
(どうせ家に帰ってもまた父親から同じことをされる)そう思うといっそのこと断崖から海に身を投げて自殺しようかとも思った。
そんな時に、もう卒業したが、中学校の元担任教師だった野口のことを思い出した。
仲間外れの学生生活で唯一、話し相手になってくれた人で、恵理は彼に淡い気持ちを持っていた。
つまり、初恋の人だ。野口の家(学校の官舎)には、中学校のみんなと遊びに行ったことがある。小さな村落だ。1回行った家なら覚えている。まだ独身の男性教員だ。
異性であることを恵理は早くから意識していた。野口は決してイケメンとは言い難いが、学校の女子生徒から人気はあった。
恵理は野口の住んでいる官舎のインターホンを鳴らした。19時が近い。既に仕事を終えて帰宅していた野口は夕食の準備をしていた。