亜美は胸が詰まった。
「わたしたちは、古い言い伝えを、物語をずっとこどもたちや孫たちへ伝え続けてきた。それはこれからもなんだ」
「ええ、そうなの?」
「そう、かつて、わたしたちの同胞とは手紙や電話、メール、リモートなどなくてもコミュニケーションがとれたのさ」
「ええ? 何、どういうことそれ? 同胞って何?」
「はは、まあ、ゆっくり話そう。亜美にはいろんなことを伝えておく。それがあなたのお父さんとお母さんとの約束だからね」
運ばれてきたマングローブの蟹と貝を食べながら酋長は続けた。「日本がパラオを統治してくれたときのことは、わたしの曽祖父母、祖父母も父も母もいつも話してくれた。あの頃は幸せだったと」と酋長は語り始めた。
「えー? 日本ではそんなこと誰も言ってないわ。とにかく日本は酷い国だった、悪いことをしたという印象しか持たされていない気がする」
「それが全てではない、このあたりは白人文明にずっと虐げられてきたのさ。ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、アメリカが太平洋を支配した」
「うーん、そうですか」
「白人たちは、女性たちをいつでも好きなときに犯していい、男性はいつでも殺していいという法律を作って、徹底的にわたしたちの誇りや伝統や文化、全てを破壊しつくした。全く無残なことだった。でも、日本だけは違った。学校を造り、橋を造り、病院まで造ってくれた……。白人たちは鉛筆の削り方すら教えてくれなかった」
「そうだったのね」
【イチオシ記事】妻の姉をソファーに連れて行き、そこにそっと横たえた。彼女は泣き続けながらも、それに抵抗することはなかった