「あのとき、あのスタジアムに日本国旗が翻って、あなたたちが日の丸の旗を振って、にっぽん、にっぽんと叫んでいたのを、覚えているかい?」
「うん、なんかすごかったことは覚えています。とにかく大騒ぎだった」
「あのとき、誰が一番喜んでいたと思う?」
「それは日本人、日本のサッカーファンでしょ!?」
「あはは、やっぱりそう思うかね」
「えっ、違うの? だってその前にドーハの悲劇でワールドカップ初出場を逃して、悲願だったらしいから」
酋長は深いしわを作りながら微笑んで続けた。「それはね、日本の英霊たちだよ。太平洋に散ったきみたちのわずか数世代前の英霊たち。あの魂たちがあの日はあのスタジアムに大集合していたんだ。わたしたちにはそれがよくわかった。
亜美の頬っぺたの日の丸を、国旗を振って〝にっぽん、にっぽん〟と叫んでいる若者たちを見ながら日本兵の魂たちはみんなぼろぼろ涙を流していたんだよ」
そんなことが? 亜美は言葉が出なかった。
「日本の英霊たちはね、真実に向き合おうとしない日本の子孫たちを思い続けて、ずっと哀しみの涙を流し続けているんだ……。おそらく自分たちのことは知らないし、気付いてはくれないだろう、それでもいい。
あの日、自分たちが命を懸けて護ろうとした日本のこどもたちの孫の孫の世代くらいの若者が、亜美のような小さな子がこの地に集まって日の丸を振ってくれている、それだけで号泣していたのさ」亜美はさらに言葉が出なくなった。
「そんな日本兵たちの魂をそのお母さんたち、妻たち、恋人たちは今でも抱きしめ続けているんだよ。そしてその肩を叩いて〝良かったな、お前たち〟と慰めるイギリス兵、オランダ兵、そしてアメリカ兵の魂も集まっていたのさ。彼らも同じく英霊なんだ」
「ええ、戦った相手の? そんなことが……」
「そう、彼らも戦争を憎む英霊。英霊とは戦争を憎む魂たちのことなのだよ。そもそも戦争というものは神々が意図するものではない。
わたしはイランには悪かったけど、あの試合は日本が勝つことを確信していたよ、あのときばかりは英霊が日本に味方することを神々がお許ししてくれるだろうとね。まあ、スポーツで熱くなれるということは、それだけ平和だということだね、ははは」