川端康成と輪廻転生的死生観

こうして川端の場合、仏教の経典類が彼の小説や輪廻転生思想の供給源となってくる。彼の新聞小説『海の火祭』(昭和2年㉕第二十二巻)や『抒情歌』には、「大乗本生心地観経」「仏説盂蘭盆(うらぼん)経」「父母重恩経」「月上女経(がつじょうにょ)」「維摩(ゆいま)経」などの名が出てくる。

これらの経典の特徴は、例えば「仏説盂蘭盆経」が 餓鬼道に堕ちた亡母を救おうとする目連尊者の話をテーマとし、「月上女経」は美女の婿選びの話を発端としていて『竹取物語』に影響を与えたのではないかと言われ、『維摩経』には毛穴から芳香を放つ人間が登場するなど、不可思議で物語性の強いことや、維摩がそうであったように在家主義に肯定的であることらしい。

川端が関東大震災の9カ月後に発表した小説『空に動く灯』(大正13年㉕第二巻)には、「日本でも昔は極楽詣りの空想と一緒に、愛らしい信仰が生きていたことがあった。前世の王姫は現世の乞食であり来世の紅雀であり、その次の世の谷間の百合である。現世の詩人は来世の仏であり、前世の白鼠であったと言った風のものだ。

こうした輪廻転生の説を、君はどう思う。(中略)この輪廻転生の説は昔、来世で蓮の花に乗っかるために、此世で善根をつまねばならん、蛇には生れ変るなという風に、坊さんの御説教の道具にされていたようだがね。誰かが新しい生命を吹き込んで真理にしてくれるといいんだがね。物質科学的にも、精神科学的にも証明してくれるとね」と書いている。

確かに「日本における輪廻思想は、いわば因果応報の具体例を示すための寓話」あるいは「レトリックとして説話的に語られてきた」(竹倉史人『輪廻転生 ―〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語』講談社現代新書㉖)という点で、「坊さんの御説教の道具」であった。