先ほどの親王の言葉が思い出された。

『何を悠長なことをしている! 歴史書の作成は先代が命じた仕事であるぞ。それがなんだ。仁賢(にんけん)天皇(第二十四代天皇)の話が終わったところだと? まだ古(いにしえ)の天皇ではないか! 早く仕事を進めろ! この役立たずめ』

「勝手なことを……。もとはと言えば、親王様が請け負った仕事であろう。面倒くさいことは全て丸投げで、やっている仕事は催促だけだ。

そのくせに、できあがった時の功績だけはかっさらっていくのだ」

怒りが再燃した。気付かぬうちに、声に出ていた。

(確かに崇神(すじん)天皇(第十代天皇)から仁賢天皇までの話はなんとか形になっている。しかし、国の創生の話や、実在すら疑われている古代の天皇の話など、私のところに上がってきてもいない。口伝によって伝えられてきた話をまとめるなど、簡単にできるわけはなかろう)

不比等は投げやりに笑った。

実は、親王に話したよりも、仕事は進んでいないのだ。その場しのぎの報告をしたにすぎなかった。

(それでも、仕事が遅いと叱責されてしまった)

短いため息が漏れて出た。

 

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