はじめに
海外駐在で赴任国に数年間生活することは、短期間の業務出張や個人的な旅行で滞在することと違って、現地の人たちと本格的に日常生活でお付き合いをしながら、地域社会の一員としてさまざまな経験をすることが必然的に発生します。
海外駐在員は、派遣元の企業や団体が経費負担をして給与や保険も保証してくれている待遇環境の中で働くので、仕事に専念して成果をあげることはもとより当然ですが、日本にいたのでは体験できないような出来事を通して学びや発見ができる恵まれた機会を得ているといえます。
大小さまざまな体験は、その後の人生に確実に影響を与えるのです。
赴任した当初はそのような意義など考える間もなく、新しい環境に溶け込もうとバタバタしているうちにあっという間に時間が経ってしまうものですが、生活に慣れてくると経験の蓄積に伴ってその国ならではの価値観を理解し、共鳴できるようになってきます。
私自身もかつてはあれこれと憧れがいっぱいに詰まって、自分勝手に思い描いていた英国像を今ではより具体的な等身大の実像として認識することができるようになったと思います。
それは、日本との比較において気がついたこともあれば、全く新たな体験から知り得たこともあり、時を経て振り返った時にある種の感慨とともに意味を理解したこともあります。
本書において、私は英国での生活や体験を綴(つづ)るとともに、それらの経験の蓄積が私自身におよぼした影響について紹介してみようと思います。そのような思い出話めいた文章をなぜ今になって書くのか? といぶかしく思われる方々もいらっしゃるでしょう。
しかし、体験した事実をあらためて落ち着いて整理して考えてみると、知的好奇心をくすぐる普遍的なネタがあるように思えてくるのです。私と家族の英国生活の体験に基づいた本書が、読者諸氏にとって人生を楽しく生きる小さなヒントを見いだせるものになるのであればこの上ない幸せです。