思い返せば富士山は心強かった。何より、太平洋は圧倒的な私の味方だった。しかし、いつまでも太平洋を眺めているわけにはいかなかった。
それからまもなく私は洞穴に落ちる。そこから這い上がるまでにはしばし時間がかかった。しかし、洞穴に落ちたからこそこの空が青いと思うことができるのである。
あの時ずっと太平洋にいたらこの海や空を当たり前と思い、感動は薄れ、私はどうしようもない人間と化していたに違いない。洞穴に落ちたから皆の笑顔が眩しく感じ、そして空気は美味しいのだ。
私は洞穴に落ちる前、途方に暮れて親友に電話をかけた。横須賀を出た私は、行く当てもないまま吉祥寺まで来ていた。辺りはもう暗くなっていたが、宿が見つからなかったのだ。
「お金も無くなっちゃったし、これからどこへ行けばいいのかわからなくなってしまったの」
「覚悟を決めろ」
そう言われた。その通りだと思い慌てて仕事情報誌を買った。吉祥寺のファミレスでオムライスを食べながら探した条件はこれだ。
「寮完備、日払い可、車持ち込みOK」
そうして私は八王子へ向かったのだった。光というものは、闇を避けては決して見ることはできないと再認識した。
次回更新は6月13日(金)、20時の予定です。
【イチオシ記事】マッチングアプリで出会った男性と夜の11時に待ち合わせ。渡された紙コップを一気に飲み干してしまったところ、記憶がなくなり…
【注目記事】服も体も、真っ黒こげで病院に運ばれた私。「あれが奥さんです」と告げられた夫は、私が誰なのか判断がつかなかった