美代子には後ろ向きの過去を振り返っている余裕はなかった。職場では、世界の貿易が拡大傾向になっていく中、輸出入の貨物取扱量が増えて、船会社の業務も手がいっぱい状態。会社も将来のことを考えて人員の増強には慎重だった。
そのしわ寄せが残業という形で美代子の身に降りかかって来ていた。入社して十年目を迎えベテランの域に達していたので仕事も責任ある立場になっていた。
美代子が勤務する外資系船会社は日本におけるトップは外国人が座っているが、二番手には副支配人の肩書で日本人がいて、従業員の管理監督をはじめ人事部門をしっかり握っている。彼とはあれ以来、職場内でも出来るだけ意識して接触を避けている。
たまにニアミスですれ違うことがあるが特に言葉を交わすことも敢えて目を合わすこともなかった。あの事件があってから間もなく人事異動があり、彼が部署変更で、美代子の部署からはかなり離れた場所になったことも幸いした。
船舶の取り扱いは、大きく分けて定期船部と不定期便になるが、美代子は定期便の担当だから決まった日時に船舶が横浜港または東京港に着く。
最近はヨーロッパから日本までは約二十五日から三十日程度でスエズ運河経由マラッカ海峡を通って来る。大型貨物船には大量のコンテナが積載されているので途中、台風や事故などに遭遇なく安全に来ることを前提に考え毎日のように工程表とにらめっこしながら顧客の問い合わせに応対している。
時には中東、アフリカ海域での紛争に巻き込まれた場合は、TVや新聞等で報道されるたびに我が社の関係する船舶に影響ありませんようにと祈る気持ちになる。
次回更新は5月4日(日)、21時の予定です。
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