普段、口数が少ない美月が

「美代子さんのスペイン旅行の話を少し聞きたいわ」

と突然切り出した。悠真も

「アンダルシアの食文化に興味あるなあ」

美月が

「お茶を入れ替えますから」

と席を立った。

「皆さん日本茶でいいですね?」

と一応確認をとるため横並びに座っている二人を見た。悠真が

「お願いします」

と小声で応じた。美代子はおもむろに旅行について話し始めた。

「三年前、サスペンスのテレビドラマを見ていたのですが、それがアンダルシアが舞台だったんです。そこの白壁の景色や細い入り組んだ路地の景観がいつまでも脳裏に焼き付いていて、いつか行ってみたいと思っていたのが今年の夏に実現したんです。嬉しかった。

でも現地へ行ってみると今年は異常気象で七月後半から八月初旬には四十度を超える最高気温に遭遇してびっくり。暑さはたまらなかったけど、テレビで見たベージュにも見える少しすすけた白壁の古い建造物や歴史のある教会、そしてまた石畳のある町、どれも南欧を感じさせるものばかりで興奮しました。

食事も日本でも有名なパエリアそしてブイヤベースなど、本場の味を堪能しました。パエリアなんて直径五十センチぐらいの大きなフライパンで多人数分作り、お店のシェフがわざわざテーブルまで持ってきてパエリアのおこげ具合を見せて、これが一番、と日本語でサービスしてくれたんですよ。また、ブイヤベースには多種類の魚介類を入れているから味が複雑に絡み合ってとっても深みがあり、日本では味わったことが無いものでした」

美代子はここまで一気に話し

「全てを話すと夜中になってしまうから、続きは今度にしますね」

美月が目を輝かしながら美代子の話を聞いていて

「私も行ってみたい。私は高校の修学旅行で京都・奈良に行ったのが最後だから、外国なんか夢のまた夢だわ」

と美代子に目線を送りながら嘆いてみせた。悠真が美月の悲しそうな表情をみて、

「そうだよね、美月が山形家に来てから二十年余りになるからね、世話ばかりかけたから、近い内にまとまった休みを取ってもらうよ。お友達と温泉旅行や海外でも行くといい」

「ありがとうございます。嬉しいですわ、でも、私、親しい友達がいないんですよ。家の中が仕事場だから、外へ出ないから。でも美代子さんのように一人旅もいいですね」