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10月18日20時。見慣れた天井だ。これほど気の緩んだ生活をしていていいんだろうか。逮捕されてからもう10日も経つ。明後日が勾留期限。ふと疑問が生まれた。勾留期限を迎えると一体どうなるんだろう。
突如胸が痛くなる。心臓の音しか聞こえない。 俺はずっと自分の記憶だけにすがっていた。いつか釈放されるという期待があり、この状況を他人事のように考えてきた。
しかし、現実は社会と10日も切り離され、何も変わらず今がある。やっていないことを証明するものは何一つない。冷静に考えると逮捕状まで出ているのだから、直弥の通報だけではなく、俺が犯人であるという証拠もあるはずだ。急に床の冷たさが心の底にまで伝わってくる。
《無知ならば、その無知も罪》
留置所そのものに、そう告げられた気がする。しかし、これも聞き覚えのある声だ。途端に俺を取り巻く温度、周囲の音、壁の色、あらゆるものに蔑(さげす)まれていく。
記憶が現実と異なる可能性はどの程度あるのだろう。手が無意識に震える。深呼吸して落ち着こうとしたが、有希を突き落とす光景が浮かぶ。震える両手は突き落とした感触を思い出し、徐々に自責の念が湧き上がってくる。
「俺はなんてことを」
自然と呟(つぶや)いていた。明日、正直に突き落としたと話そう。そう思うと不思議と心中穏やかになる。留置所に入って初めて肩の力が抜けた。今までの偽物の安堵(あんど)とは桁が違う。俺のやるべきことは罪を償うこと。今までの辛さは事実を受け入れなかった自分のせいだ。紛れもなく精神が安定している。そして心を崩すドミノが止まる。
哀しみの原野にくさびが入り前向きな気持ちへと色を変える。
今日は本当によく眠れそうだ。