私(西野鉄郎)は高校生に英語を教えています。N(西野作蔵)君は私の塾のOBです。上智大学の2年生で、ロシア語を専攻しています。帰省中の冬休みのある日、私たちは茶房古九谷(九谷焼美術館内)で会いました。話は弾み、3日連続で、「織田信長と古九谷」について話し合いました。

1日目 新信長論 利家と信長

『国盗り物語』(司馬遼太郎)、『織田信長』(山岡荘八)によって植え付けられたイメージはなかなか払拭できませんが、本章(1日目)はこうした織田信長像からかなりかけ離れています。小説ではなく、一種の論考のような内容を持っている本作品の導入部としては、読者の興味を引きつける内容です。

フロイス

(4)富の源泉としての茶道 茶器は密談の権利

私:茶道。

N:茶道が資本主義ですか?

:ホームレスからのし上がった織田軍団を「文明化」するために信長は茶道でナイキ戦略を使う。ナイキ戦略とはトップアスリートがもつ価値観(足利将軍家)をナイキが一般のスポーツ愛好者(織田軍団)に広める戦略だがね。

N:モーニング文化は名古屋が発祥ですが、それも信長の影響だったりして……。

:さて信長は茶道から宗教(精神)的なものを抜き去る。そして「茶道」から「茶器」に関心を寄せるんだ。「文化財」の価値に気づいた信長は「名物狩り」に走る。そして茶道で家臣団を統制し始める。茶会を開く権利は勝家、秀吉、光秀、織田信忠(信長嫡男)、丹羽長秀、計5名にしか与えず。

N:利家と滝川一益(前田慶次は一族)の名前がない。

:利休は信長に自身の未来を賭けた。茶会のために茶器を「買い占める」この頃の利休は、まるで現代の「投資家」だ。われわれが知る利休ではない。

N:信長には茶会は名品の鑑賞会や取引の場なのですね。

:そして信長は茶器を領土にするパラダイムシフト(茶器>領土。名物>一国一城)を起こす。領土は品切れ状態なので、論功行賞も信長は貨幣的価値で処理したのだ。

N:信長のパラダイムシフトは茶器が一国一城に値するですよね? しかし、これ、おかしくないですか? 一益は信長から茶会を開く権利も許されていないのですよ。それなのに一国一城より茶器がいいと……。私なら絶対一国一城です。

:利休は「死の商人」なのだ。密室での「茶室外交」で、秘密情報をひとり得ていたんだ。「次はいつ、どこを攻めるか? 武器、食料の調達は?」。そういう情報は喉から手が出るほど欲しい。よい茶器を持てば、より重要人物と茶室で「密談が出来る権利」が得られる。つまり茶器は密談の権利なのだ。

N:なるほどそういうことですかあ。

:それにな、信長が認めているわけだろ。お札だって、われわれも紙をありがたがっているわけで……。

N:なるほど。お札は国が保証し、茶器は信長が保証するというわけですね。ところで利家と茶器の話は何かありませんかね?

:利家は利長に、利長は利常に「富士茄子」を見せて「古九谷」の構想を語る。

N:富士茄子?

:前田家三宝物の一つ。信長の名物狩りで召し上げられ、それが秀吉に渡る。「秀頼を頼む」と、死の前年に秀吉は利家に富士茄子を譲る。