Chapter1 天変地異
「きみにお願いがあるんだけど」
林は手を引っ込めて笑みを浮かべた。
「きみ、中学生のリーダーをやってくれないか」
「え?」
川田は怪訝な表情を浮かべた。
「何で俺? 中学生は他にいくらもいるでしょ」
「きみのこと、顔も名前も憶えてたから」
「俺、マジで嫌なんすけど」
川田は心底不服そうだ。林は川田の耳元に口を寄せ
「ぼくの真後ろの、先の方を見て」
川田はしぶしぶ黒目を動かした。林の肩越し一〇メートルばかり先に、観光案内所の建物が見える。その陰に二人の大学生が立ち、こちらを見ている。
川田は気付いた。確かその二人も去年キャンプに参加していた大学生だ――。
「副リーダーの泉(いずみ)さんと早坂(はやさか)君だよ」
林が囁いた。
「去年のキャンプの後、大学生だけの反省会があってね。そこでぼくのリーダーシップ不足が議題に上がったんだ。その結果『林はもう一回やるべきだ』ってことが決まって、それで今年もぼくがリーダーになった」
「そんなの、あの人たちがやりたくなかっただけでしょ」
「さあ? なんにしても、ぼくとしては任された以上、ちゃんとやりたいんだ。今回のキャンプは去年以上に成功させたい。だからこそ中学生のリーダーには、参加経験のある人に就いてもらいたいわけ。きみは前に参加してるから、いろいろ分かるでしょ」
川田は林から顔を離した。林は涼しい顔をしている。
「俺以外に、木崎(きさき)も去年出てますよ」
川田は低い声でそう言い、十歩ほど離れたところに立つ茶髪女子を指差した。
「だめ」
林は首を横に振った。
「なんで?」
「あの子、ぼくと口利いてくれないんだもん」
――なっさけない大学生だ。川田は呆れ果てた。その隙に腕に何かをはめられた。咄嗟に腕を引いたが、時すでに遅し、二の腕に「班長」の腕章が掛けられている。
「ちょっと、何を勝手に」
「はい注目!」
林は手を鳴らしてあたりに呼びかけた。
「今から宿泊場所の割り振りを説明します。中学生男子は竪穴式住居A。女子は大学生女子と一緒にB。男子大学生はCね。なお、中学生のリーダーはこちらの川田くんだから、彼の指示に従ってください」
林は呆然とする川田を尻目に、観光案内所の角にたむろする大学生の元へ小走りしていった。
――クソ……。
川田は奥歯をかみしめた。
――アイツ、なよなよして頼りなさそうだけど、どっか切れるところがあるんだよな……悔しい! 畜生!