応接に戻ると丽萍(リーピン)の姿は既になかった。周りを見渡しているうちに渡航後の疲れが噴き出すように身体を包んだ。デリカシーのない振る舞いをした人間として贖罪(しょくざい)に気付くことさえなかった。
来月から始まる運転試験に向けて、緊張感のある検証事項の確認が続いたので、逆に誰もいない部屋の中で緊張感から解放され、放心したように、丽萍(リーピン)の為に仕事中コンビニで買っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。明日は、中国での最後の仕事だ。最後の中国出張を迎えられることに、心の底からの解放感が広がることを抑えることはできなかった。
帰国したら、プロジェクトの完了報告書を提出することになる。納期遅延、計画比との原価過多、導入範囲の縮小と今後の計画についても、記載する必要がある。
しかし、この導入までの過酷な業務を正確に評価してくれる上司もおらず、役員からの批判を一人で受けることになり、その責も負うことになるだろう。上司の保身と営業をはじめ周りの負の評価を一身に受けることは、既定路線として敷かれていた。
ただ、仕事はこれで完了し、このプロジェクトからはやっと解放される。そのまま、明日の帰国の為に最終検証作業を思いながらベッドに潜り込むと熟睡することができた。
同僚とのシェアハウスに戻り、熱めのシャワーを浴びて気分をスッキリさせてから、ベッドに滑り込んだ。今日一日の思わぬ展開が繰り返し思い出されて、直ぐに寝付けなかった。
一年前なら、たとえ二日振りでも仁との再会は新鮮な歓喜で気持ちを抑えることができなかった。しかし、今日は嫌悪さえ感じてしまった。何も言わず部屋に一人残された仁の戸惑いを思うと、理不尽な振る舞いに切なさが込み上げてきた。