亜美

病院の暗い廊下には看護師の姿はなかった。

四角い水槽の白い光だけが金魚の赤い尾びれを映し出し、闇の中に青ざめた亜美の顔を浮かび上がらせていた。そしてカプリスの言葉通り【デビ】がゆっくりと喋り出した。

「お母さんには会えないよ」

「え?」

亜美が驚いたのは金魚が喋ったことよりも発せられた言葉そのものに対してだった。

「会いたくないんだよ亜美に」

「なぜ?」

「考えてもごらん、もし亜美を大事に思っていたら死んだりしないさ」

「だって、お母さんは病気で」

「そうかな?」

「そうよ、病気だったから」

「本当は生まれてきてほしくなかったんだよ」 

いつの間にか亜美の手の中には銀のナイフがあった、動かすとライトのようにキラリと光った。よく見るとそれはナイフじゃない。メスだ。

握ると思ったより華奢(きゃしゃ)で亜美の小さな手のひらにぴたりとおさまった。

「君さえ生まれてこなければお母さんは死なずに済んだ」

細くて高い子どものような【デビ】の声。

「亜美を残していって平気だ」

「平気?」

「そうさ、平気だ」

「じゃあどうして……」

「どうして生んだのかって? 仕方がなかったのさ」

「え……」

「仕方なく生んだんだよ」

「そんな……」

「手術室に行くんだ亜美」

「ドアの向こうには行けないもの」

「そんなの嘘さ」

「嘘?」

「だまされているんだ」

「だます?」

「ドアを開けて部屋に入るんだ亜美、お母さんはすぐそこにいる」