2、言わせてもらえば
(村木)
こんにちは。村木トシと申します。ちょっと、私の話を聞いていただけませんか。もうすぐ古希を迎えるというのに、こんな経験をしたのは初めてです。世の中の常識というものが、わからなくなりかけていたところです。
どうしたのかですって? 話せば長くなりますけど、どうか私の繰り言を最後まで我慢して聞いてくださいませんか。今まで人様に迷惑をかけないように心がけて、いえ、多少の迷惑はかけても、その都度、詫びて反省して、できる限り人並みに、真面目に生きてきたつもりです。
私の世代では当たり前のことでしょう。だけどこんな目に遭うなんて、私はとてもショックを受けました。私の考え方が間違っているのかどうなのか、あなたはどう思うでしょうか。
私の住むこの町は、東京近郊の静かな住宅街です。子どもたちも所帯を持って家を出ていき、病気だった夫も数年前に見送りました。独りになった私は、残りの人生を有意義に、せめて少しでも人の役に立つ生き方がしたいと思い、自分なりにボランティア活動や自治会の役員などをして頑張っています。
我が家は築三十年の一軒家ですが、駅は勿論、商店街も学校も病院も近くに揃っていて、何かと便利な場所にあります。ある程度の断捨離やリフォームも済んで、私が一人で住むには勿体ないと常々思っておりました。
昨年の晩秋の頃です。自治会の知人に、不動産屋の住田さんという方がいらっしゃいまして、こんなお話を持ってこられました。
「使わずに空いている部屋を貸してみてはどうですか。お宅にはピアノがありますね」
「はい、アップライトピアノですけど。娘が中学生の時にどうしてもやりたいと言うので、私がパートで働いて、ローンで買ってあげたものです。今や無用の長物というか、部屋の飾り物になっているだけですよ」
「それならちょうどよかった。渡りに船です。私の知り合いから、音楽教室をやりたいので、手ごろなピアノ付きの部屋を探している人がいると聞きましてね。早速話してみましょう」
ピアノは、道路に面した十二畳のリビングに置いてあります。日の当たる南向きの出窓には、季節ごとに観葉植物を置いて、来客の時だけしか使っていません。私は聞かれてもいないことまで話していました。
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