【前回の記事を読む】「おいおい、いいのかい? この子に全部金魚を掬い取られるぞ!」だが、屋台主は全く動じずに、涼しい顔をして…
第一章
風吹く中の明るい少女
そう、この親子が言う通り、大きな出目金と、金銀兜と、主要な金魚と四尾金を除けば、確かに片目だけ目が出た金魚が半分ほどいて多かった。
それは、屋台の問屋で、欠陥品を安くおまけしてくれるからだが、商売上の水増しは仕方がない。どんな金魚を掬うかは客が決める事だった。
それなのに難癖と嫌味をしつこく言う男と子供を見て、たかちゃんは憮然とした。すると、その男の子供が、急に手を水槽に入れると、一番大きな赤出目金を手で掴み握り潰したのだ。
それに驚くたかちゃん、
「ああっ、何するんだ、死んじゃう、死んじゃうよ! ああ、死んじゃったじゃないか!」
その金魚は、たかちゃんが一番可愛がって、どの金魚よりも懐いていた、赤出目金だった。
この子は、たかちゃんが大好きで、自分から手に乗ってくるほどで、ポイにも大人しく掬われるいい子だった。
「このー」
たかちゃんが、子供を睨むと、その背後の男が、
「何だ、文句でも有るのか! なら、こうしてやるよ!」
男と子供は、大きな黒出目金や白出目金を、次々と握り潰していった。
「ああっ、こいつ!」
たかちゃんが、男と子供を止めさせようとすると、父親がたかちゃんの肩を掴み制止した。
「だめだ、好きにさせろ、ああいうのは、質が悪い、自分の力に物を言わせているんだ!」
男と子供は、大きな金魚を殆ど潰して、最後に男が屋台の水槽をひっくり返して立ち去って行った。
それを黙って見ているしかできない事が、たかちゃんは悔しかった。金の有る奴、力の有る奴は、弱い者を踏みつけて自己満足している。
縁日では嫌な思いをしたために、普段は明るい娘のたかちゃんが、酷くガッカリとしている姿に、父親は苦しげにしながらも、にっこりと微笑む。
「今日は店を閉めて、お母ちゃんの所に帰ろうか?」
「う、うん」
父親と歩く夜の景色は、星が輝いて賑やかに瞬いている。
「お父ちゃん、おんぶして」
「おう、たか」
父親の背におぶさり、露天の焼きイカにかぶりつくたかちゃん、串に刺さったイカが落ちない内に、
「お父ちゃんも食べて」
と、危ない状態のイカ焼きを渡すと、父親は、串から手で抜いて一口に食べて仕舞う。
たかちゃんは鼻歌を歌い、家で待つ母親へのお土産の今川焼きを手に、父親の背中で楽しげに帰って行く。