第二章

8

かつて風間は青森で林檎園を営んでいた。風間には商才があったらしく、一時期の経営は絶好調で、林檎園以外にもさまざまな事業に手を出していたようだ。

風間は『青森の雄』として東北の経済界でも注目をされていた。風間には妻と息子がいた。息子の名前は千秋。作っていた林檎の名前、千秋(せんしゅう)から名付けた。

風間家の未来は前途洋々に思えた。風間が経営でつまずいたきっかけは台風だった。

一九九一年。大型の台風19号が青森を直撃した。青森の農園の被害は甚大だった。風間の林檎園も例外ではなかった。その被害はすさまじく、風間はひとり林檎農園で立ち尽くした。

そこからの転落はあっという間であった。新事業のために銀行から大型の融資を受けていたのだが、その返済が滞り始めた。

新事業も撤退した。撤退にもコストがかかる。風間は金策に奔走した。金を返すためにまた金を借りた。

借金はみるみる膨れ上がった。風間は酒に溺れるようになった。べろべろに酔っては、妻と息子に当たり散らした。ときには暴力も振るった。

酔いが覚めると自己嫌悪に陥ったが、自分への嫌悪感を忘れるためにまた飲んだ。その繰り返し。

嫌気がさした妻は男を作って出て行った。妻は気難しい息子も見捨てた。千秋が風間に似ていることも理由であった。

男二人の生活が始まった。それでも風間は酒をやめられなかった。

千秋は思春期になった頃からグレ始めた。何度も学校を停学になり、そのたびに風間は呼び出された。

千秋が高校一年生のとき、バイクの無免許運転で警察に捕まった。家に戻ってきた息子を風間は殴った。軽く一発のつもりだった。

だが、千秋の反抗的な目を見たとたん、風間の怒りが爆発した。それはまるでマグマのようだった。すべての怒りが風間の心から噴出した。

経営、林檎農園、銀行、逃げ出した妻、白い目で見る親戚、近所の連中。誰もかれも俺をバカにしやがって! 息子までも、俺を蔑んだような目で見やがる。

見るな、そんな目で俺を見るな。気がつくと、千秋が血まみれで倒れていた。

千秋は泣いていた。そして小さな声で呟いた。

「母さん……」

我に返った風間は息子を抱き締めた。泣きながら詫びた。だが、千秋はすすり泣くばかりであった。その日以来、父と息子の関係は完全に壊れた。

千秋の十七歳の誕生日。風間は息子のために誕生日ケーキを用意した。子供の頃から大好きだった駅前の洋菓子店のチョコレートケーキ。名前と誕生日も、ホワイトチョコで書いてもらった。

だが、千秋は帰ってこなかった。待てども待てども、玄関の扉が開くことはなかった。

警察から電話があったのは夜の九時過ぎだった。風間は最初、刑事が何を言っているのかわからなかった。

「千秋……」

風間は息子の名前を呟いた。千秋が死んだ。子供の頃に通っていた剣道の道場が入っているビルから飛び降りた。遺書が残っていた。その手紙には、両親への感謝と詫びの言葉が綴られていたという。

風間は咆哮した。自分で自分を殴りつけた。声が嗄れるまで、風間は叫び続けた。