昔と同じ、慌しい朝が始まった。一年半の間、消えていた朝が再現すると、余計に活気を覚え、忙しかった。昼休みに和徳から電話があり、実知は何事かと驚いたが、知数は大丈夫そうかという心配だけだった。
知数は授業が終わってから、何ら変わらぬ顔で帰ってきて、せんべいと煮干しを三匹食べると、すぐに勉強机に向かった。その姿勢には気迫が込められている。そして夕方はランニングに出かけた。
「休んでいて遅れた分の勉強を取り戻さなくちゃ。体力もつけなくちゃやれない」
室内でも腕立て伏せとスクワットをやっている。刺激を受けて実知も和徳もリビングでスクワットをやるようになった。
食事指導を受け、メニューも大きく変わった。家庭用精米機を買ってきて、三分搗(さんぶづ)き米(まい)を炊き、具沢山みそ汁か野菜スープを必ずつける。生野菜は毎食で、特に朝夕は山盛りだ。ハム、ソーセージが消え、牛肉と牛乳も消えた。
増えたのが納豆や大豆製品、小魚、海藻だ。ナッツや炒り大豆などもツマミやおやつで必ず出る。それに実知が探して、有機栽培、無農薬の野菜が増えた。無添加の食品も増えている。
この急激な食卓の変化に文句を言う人はいなかった。
「食べてみると三分搗きの方が味も香りも良くておいしいね」
「やはりオーガニック野菜はうまいね」というのが二人の反応だった。このメニューが簡単に定着してくれて、実知は嬉しかった。
もう以前の食生活には懲り懲りだという気持ちがあるし、確かに食べてみておいしい。それに体調が明らかに良くなってきたのがわかる。便秘が治り、体が軽々と爽やかになり、頭もすっきりしていて疲れがない。肌まで滑らかで美しくなった。
「仕事が忙しくても少しも怠くならないんだ。不思議なほど疲れない」と和徳も言う。
昼間の余裕のある時間、実知は毎日本を読むようになった。知らないこと、不勉強なことの恐ろしさを知ったのをきっかけに本を読むようになったのだが、次第に読むことが面白くなってきた。知ることの楽しさがわかってきたのだ。
特に食や健康、環境などの本を読むことが多く、知ったことは生活の仕方に変化を起こす。いや、本当に知ることは知識ではなく、理解だという気がする。理解が人を変える力なのだと思う。
今まで、何も努力せず、何も知らずに、よく安穏と生きてこられたものだと思う。しかし知らなかったことの因果は、きちんと自身にも子供にも起きていたのだということを知る。
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次回更新は2月14日(金)、21時の予定です。
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