何度も名前を絶叫したのじゃが、すでに逃げおせたのか? 我輩だけ貧乏くじを引いて、死を目の当たりにしておるのか。損する事件じゃのうなどと笑いが出てきたのじゃ。
それでも笑ってる場合ではなく、目的は人助けじゃ。坂本泉水の命を救おうと、生き死にの垣根を超えてやってきたのじゃ。命を賭けておるのじゃ。
そのときじゃ。
助けて、などと女性の声が、はっきりと聞こえたのじゃ。耳に入ったこのことが、幻聴のはずがなく、その方向を探ったのじゃ。
「どこじゃー。どこにおるのじゃー?」
「どなたか知りませんが、助けてください。こっちです。廊下の突き当たりを右です!」
「今、行くぞよ、怖くはないぞよ。待っておれ」
こんなに特殊な状況下において、我輩は鏡を見たくなった。焦りと熱で顔が真っ赤になっておるはずじゃし、恐怖で顔つきまで変貌していそうじゃ。
ひょこひょこでもマックスの歩行法で歩き、廊下の突き当たりじゃのと言い聞かせながら、前進した。
いた! 坂本泉水じゃ。
「ご無沙汰じゃの。我輩を覚えておるか」
「あなたの顔、見たことあるわ。どこでだかわからないけど」
「お主を駅付近のビル街で見かけたぞよ」
「清掃の……」
やはり我輩は特異な職業のため、印象が悪かったのかのう。一瞬、落胆してしもうたわ。