Ⅰ 迷わずに「世界平和」よりも「セックス」を選ぶ人達
懲りない掌返し
モデル 罪深き気分屋さん 五三歳
彼女は 十代の頃から 外国での暮らしに憧れていた
遠い国の美しい写真や動画を眺めては
「いつか行ってみたい 住んでみたい」と心をときめかせ
眼下に広がる 生まれ故郷の街並を眺めては 当たり前の光景にうんざりしていた
二十三歳で 彼女は念願叶って ついに移住した
ところが 一年も経たないうちに
ずっと恋い焦がれていた異国の街並は 今や当たり前の光景となり
彼女の心はもうときめかない
やがて 日本にホームシックになった
「便利で 安全で 清潔で 落ち着く……」
あの代わり映えのしない つまらないと感じていた光景が今や愛おしく感じるようになった
あれほど嫌がっていたくせに 自分勝手なお人だ
結局 彼女は二十五歳で帰国した
ところが 三年も経たないうちに もう懲りたはずなのに
「違う国に住んでみたい」という気持ちがまた湧いてくるようになった……
そんな彼女だが 二十代の頃から 好きになった男性は既婚であることが多かった
でも 「愛する気持ちは本物だから 不倫は
一概に断罪されるべき行為ではない」と 胸の奥で肯定していた
そんな彼女も 三十三歳でめでたく結婚した
すると 自分の夫が たとえ純粋な気持ちであったとしても
不倫をするなど 想像するだけで耐えられない
「相手の女も妻帯者だと分かっているなら身を引くべきだ
他人の家庭の安穏(あんのん)を壊すな」と あからさまに否定するようになった
あれほど許していたくせに 自分勝手なお人だ
ところが 三年も経たないうちに 彼女は異動先で年下の魅力的な男性に出会う
結局 彼女はまた不倫を肯定するようになった……
そんな彼女だが 四十代の頃に大病を患(わずら)い 半年間の療養を余儀なくされた
彼女の職場はかねてより 人手不足 しわ寄せは当然他の社員に行く
彼女の休職を快く思わない同僚がいることは 病床の彼女の耳にも少なからず入っていた
そのたびに彼女は 「こっちは病気で苦しんでいるのに 自身の負担ばかり考えて
仲間の病状を心配しないなんて 心の狭い人間だ」と軽蔑した
やがて 彼女はめでたく快復して 仕事復帰を果たした
ところが 三年も経たないうちに 慢性的な人手不足が続く彼女の職場で
新たに休職を申請した同僚が出た
当然しわ寄せは彼女にも降りかかる それも小さくはない業務量だ
すると彼女は 「病気で苦しいのは理解できるが
それで周りの人々がどれだけ負担を被ることになるのか 少しは思いやるべきだ
自身の健康維持・管理は 社会人として基本中の基本なのに」
と不満を漏らすようになった
あれほど助けてもらったくせに 自分勝手なお人だ
結局 彼女は五十三歳で病気が再発したが 過去の発言をもう忘れてしまったのか
「長期にわたる休職制度は労働者の権利であり 後ろめたいことは何もない」
と言い放っていたそうだ……