「ツグミはいいんですが、私の知っていた女性はツグミが嫌いでね、ツグミを見るたびにその人を思い出して困ってしまいます」
「思い出したら困ってしまう方なのですか」
ジェーンが、笑いを含んだ声で答えた。
「いやはや、うまく答えられません」
ウィリアム氏は乱れた髪を右手でさらに乱れさせた。
「その人は、ツグミを見ても見なくても、忘れられない人なのですね」
「あっ、ごめんなさい。失礼なことを申し上げました」
ジェーンは口を押さえ、肩をすくめながらウィリアム氏に向かって頭を下げた。
「いいんですよ、あなたの言う通りかもしれません。私くらいの歳になれば、誰にでも忘れられない人というのはいるものです」
ウィリアム氏は苦笑しながら、葉巻に火をつけるためのマッチを探した。
「カトリーヌといったね、君は」
ウィリアム氏は葉巻をくゆらせながら、今度は私をじっと見た。鳶色の虹彩。鷲の羽の向こうに青が刺すブラウン。ワルツさんと同じだ。油断ならない。
「はい、カトリーヌです」
私もじっと見た。
「君は、ほとんど口を利かないね」
「カトリーヌは内気なんです」
かばうようなジェーンの言い方が気に入らなかったが、私は黙って下を向いた。
「いや何、口を利くのが億劫なんじゃないかなと思っていたので、それに君の声を聞いたことがなかったものですから」とウィリアム氏は言ったきり鼻を指でつまみ、息を止めたかと思うと大きなくしゃみを二度した。やはりこの人は油断ならない。
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