第二部 舞台の下手

「不思議な滞在者」

イロンデイル家の訪問者は長い滞在を決め込んだらしい。四月の初めにウィリアム・ブリクセンと書かれた荷札が付いた三個の大きなカバンが、海を越えて屋敷に届けられた。ジェーンと私が二階のゲストルームにそれらを運び、扉をノックした。

「ブリクセン様、メイドのジェーンです。お荷物が届きましたので、お部屋に入れてもかまいませんか」

葉巻の匂いがかすかにする。懐かしい感じだ。

「今、開けます。少し、待ってください」

ウィリアム氏が鼻にかかった低い声で答えた。この人は私たち使用人にもこのような受け答えをするが、違和感はほとんどない。

そして、白髪まじりの伸びっぱなしの髪をくしゃくしゃにして、鼻をしょっちゅうかんでは上着のポケットやらズボンのポケットに皺だらけのハンカチを押し込む、あの癖がなければ素敵なお顔なさっているのにねえ、と奥様のメリンダがカーラに言っていたのを私は思い出していた。

「また、くしゃみが出そうなんだよ、きっと」

ジェーンはクスクス笑いながら、横目でちらっと私を見た。

「カトリーヌ、リボンがほどけて落ちそうだよ」

ジェーンは今度はリボンを締め直すために私の肩に手を乗せ、私の身体の向きを変えた。

「ジェーン、ありがとう」

どういたしましてと彼女は横顔で答え、私と並んで扉の開くのを待った。

ジェーンは私より五歳年上だ。ジェーンのシニカルなところは血管が透けて見えそうなほどの薄く白い肌と、黄金色の髪に切れ上がった細い目。コミカルなところは鼻梁に点在するシナモン色のソバカスで、子供の頃に見た絵本の中に出てくる男の子を思い出させる。

その男の子が、嵐の夜に泣いている妹に怖くないよって言っている場面が好きだった。爪を噛む癖のせいで、いつも指先が濡れている子供。本当は優しい、神経質な子。

ウィリアム氏が使っている南西向きのゲストルームには両開きの大きな窓がある。この窓辺にツグミが毎朝やってくると、ウィリアム氏は私とジェーンに言いながら窓を開けた。

この窓からは私とじいさんの本屋の屋根が見える。小さな煙突も見えるものだから、何だか泣きたくなって困ってしまった。