伊波に案内され、体を縮めて入ってきたのが川瀬実知(かわせみち)だった。椅子を勧められて座ったが、俯(うつむ)いたままだ。息子の難しい問題に悩み続け、思い切って相談に来たのだが、あの先生は恐いと評判で聞いている三鶴草介の前に出ると言葉も出なかったのだ。

「どうされましたか」

草介が声をかけると実知はやっと顔を上げた。静かだが、評判で聞くより温か味がある声で安心したのだった。

「本当に申し訳ありません。どうしても起きてくれなくて。無理をすると危ないんです。とんでもない暴力を振るったりします。毎日夕方には起きて、夜はずっと起きています。小学六年生の夏休み頃まではとても元気な良い子だったんですが、急におかしくなってしまって。次第に悪くなっていくし、もう打つ手もなくてどうしたらよいかわからなくて……」

実知は手を固く握り、蒼白な顔を俯け、肩を震わせている。

「もう私は頭が割れそうです」

「とにかく経過と現在の症状をお話し下さい。要点のみで結構です。それからご本人の顔と前方から撮った姿勢がわかる写真があれば役に立ちますが」

実知の話は、あちこちに飛んで筋に一貫性がなく、感情的で終わりなくだらだらと続くが、まとめてみれば簡単なものだった。不登校の子供の症状は共通性が高く、その特徴をまとめるのは簡単だと草介は考えている。

朝起きられず、次第に昼夜逆転する。

無気力から始まり、ウツや攻撃性が強まる。

頭痛、首や肩のコリがあり、体を捻って丸め、ゴロゴロしている。

身心ともに人間的な機能を失っていくのだ。

「六年生の夏休みまでは元気で、とても良い子だったんです。勉強もスポーツもできたんですが、夏休みが終わる頃、少し元気がなくなったように感じました。学校が始まって三日くらい経った頃、急に学校へ行けないと言い出して、間もなく本当に行かなくなってしまったんです。

朝起きてこなくて、部屋に行ってみると、本当にグッタリして寝ています。いくら起こしても起きてくれません。体から力が抜けてしまったみたいなんです。無理に起こそうとすると険しい顔で突っかかります。

顔は青白くなって、表情は無表情で恐ろしくなってしまいました。人に顔を見られたくないのか、床屋にも行かないで伸び放題の髪を簾(すだれ)のように前に垂らして、黒い仮面をかぶったようにしています。

まっすぐ立っていることがなくなって、体を曲げていて、すぐにソファとか床にうずくまったり、猫のように丸まったりしてしまいます。

笑顔なんか全く見せないし、話しかけても返事もしません。時々顔が合った時の目は恐ろしくて背筋が寒くなってしまいます。本当に狂ってしまったようなんです。急に人が変わってしまって………コロナのせいなんでしょうか。部活もなくなったのが悪いのでしょうか……」