第二章 善人面した悪人
「筑紫先生ね。あの方は、瑠璃を可愛がってくれたわね。あの先生と出遇ったから、あなたはピアノの音楽教室を開きたかったのね。良く私にもわかるわ。偶然の出遇いがその人の人生を決めるというけれど、私は本当だと思っている。
私だって、浅野の家に生まれ、亘さんを好きになり結婚した。中野新町にある一之瀬家であなたを産み育て、亘さんが亡くなり一人ぼっちだった。
一周忌が終わって、のんびり一人で暮らそうと思っていたら、真一さんに誘われるまま、あなた方が居を構えているこの高岡で一緒に暮らしているんですもの。〝縁〟って不思議なもんなのよ。
真一さんには、私みたいな〝厄介老人〟を引き受けて貰って本当に感謝している。こう言っちゃなんだけど、あなたにとって真一さんは、勿体ないくらいだと思っている。瑠璃、真一さんに感謝している!?」と文子はいつになく説教じみた口調で語った。
「お母さん、そんなことわかっているわ。真一さんには、なかなか正面切って言えないんだけど、心の中では感謝している。ところで、折角の機会だからお母さんに聞きたいことがあるの」と瑠璃は母の正面に向き合って言った。
「どうしたの、改まって……?」
「お母さん、今日は聞きたいことがあるの」
「そんな大事なことなの……?」
「どうしてお母さんは〝空襲の語り部〟に、こだわっているの?」
一瞬、文子の顔色が変わった。
「瑠璃。自分の娘に、この場所で、この場面で詰め寄られるとは考えてもいなかったわ。どうして今なの……」と文子は反論した。
驚いた瑠璃は、「お母さん、そんなに怒らないでよ。娘として聞いておきたいだけなの」と腰が引けた。
「厭だとか、言いたくないとか、そういうことじゃないの。瑠璃、知っての通り、母は焼夷弾をまともに受けて死んだわ。死んだのではなくて、殺されたのよ。
小さいながら私は、怯え、震え、憎しみ、憤り、何が起きたのか信じられず心が張り裂ける思いだった。今でもトラウマのように、夢に苛まれることがあるの。これわかるわよね」と文子の目は涙で潤んでいた。
大事な検査を明日に控え、これ以上母をしゃべらせてはいけないと感じた瑠璃は、「お母さん、私が軽い気持ちで話しかけたことを許して……」と謝った。
すると気丈にも文子は、「今日は二人だけだし、誰も聞いていやしないので、私のありったけの思いを話すから聞いてて……」とは娘に言い聞かせるような口調で語り始めた。