「では、左様ならば。母上様」
二人揃ってきちんと両手をつき、別れを告げるいじらしさ。外からこの様子を見ていた梶原源太も、思わず顔をそらして涙を堪えるのだった。
兄弟は義理の父、曽我太郎と共に馬に乗って、梶原源太を先頭に家の門を出ていく。これが、今生の見納め。これきり、二人が再びこの門をくぐることはないかもしれない……。
と、兄弟が門を出ようとしたその時――。堪えきれなくなった母は、はじかれたように駆け出して、「お待ち下され!」と叫びながら追いかけてきた。
髪振り乱し、裸足で。無我夢中で馬の足に取りすがって叫ぶ。
「お待ち下され! 一萬! 止まって。箱王、もう一度その顔を見せて……」
恥も人目もはばからず、泣きむせびながら哀願するのである。
「今しばらく……。一萬! 箱王! ああ梶原殿、お慈悲でございます! 助けて――助けて下さいまし!」
声を惜しまぬ悲痛な叫び。「母上――」と、兄弟も幾度も振り返る。
「母を置いていくか! 止まって! どうか――一萬! 箱王!」……しかし、馬の歩みは早い。必死に取りすがる母の手を振り払い、次第次第に遠ざかりゆく。それでも諦められぬ母は、倒れつつ、倒れつつ、また起き上がって追うのだったが……。ついに小さな後姿はかなたに消え、見えなくなってしまう。一人残された満江は地面に倒れ伏し、胸も裂けよとばかりに泣き叫ぶのだった。
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