第三章 過去
1
連日研究者のテーマは万能細胞作成に励んでいた。
人工多能性幹細胞としてのips細胞が発表されるより2年古い話だ。
受精卵の頃は完璧な万能細胞(ES細胞)でできているが成長すればその万能性は失われる。がん細胞に際限ない増殖性はあるがただの細胞の塊だし、少しガンの特性を持たせたEC細胞に研究者の関心は集まる。
そもそも幹細胞の特性を持たせるには外的要因でかまわないと考えた藤本健志郎は斉藤茜とともに幹細胞に変えるウイルスの製造をしていた。
運び屋ウイルスは、トガウイルス。風疹のウイルスとして知られるが無毒化させて目的のウイルスRNAを添付される。
健志郎「依頼者の要望まで間に合うかな?」
茜「間に合わなくても買い手はあるでしょ? ゆっくりやりましょ」
徹夜続きだった。まだ何の功績も無い。
幹細胞の作成が成功すれば巨万の金を約束される。
研究資金は不足していないがこの2人のスポンサーは裏社会の人間だった。
臓器販売でもかなりの金が動く。臓器を欲しい人たちは世界中にいるのだ。
心臓3つとか肝臓4つだとか密売までしても売り買いする人たちはそれだけ金に困ったりそれだけ払っても助けたい助かりたいと思っているのだ。
2人が研究対象にしたのは成長とともに本来とは違う場所に臓器が出る症状だった。
それだけ臓器を生産すれば単純に金になる。
2
……数年後。
休憩所で珈琲をすすりながら茜はこれからのことを健志郎と話した。
研究者であったが金が無く闇で生きることを2人で決めた恋人時代。
それでも子供は作らなかった。お金が無いからだ。
この国では研究者への支援が少ない。
茜「……ねえ、もう36になっちゃった。このまま何の功績もないなら……どうしたらいいの?」
健志郎「研究とは単純労働だからな。同じ作業の繰り返し。今回の精子や卵子も使い切ってしまったな。スポンサーも降りる頃だ」
茜「もうこのまま研究なんか辞めてしまわない? 田舎であなたと暮らすの。老夫婦として末永く暮らしたいわ」
健志郎「土地買う金も無ければ農機具買う金も無いさ。……それよりさ、しないか? ……なんかこう……他人の精子や卵子見る商売だとな、ムラムラしてくるというか」
茜「何回目かしらね。こういうの」
健志郎「ゴム買ってくるよ」