フクロウ婆が猫撫で声をして、意地悪く笑った。姿形は、フクロウやミミズクの類いだったが、顔だけ見ると、老いた性格の悪い、ペルシャ猫のようにも見える。
「だからね、善人ぶってる赤の他人の言うことなんか、これっぱかりも、信じちゃいけないよ。ほら、諺にも、地獄への道はポジティブな言葉の花束で埋め尽くされてるって、言うからねえ」
「そんな諺、あるんですか。きっと外国の言葉なんですね。そういうの、わからないんです、わたし。英語もダメだし、あまり難しい本読んでないし」
洗い場でコップを流していた睦子は眉をひそめた。
「袋田さん。何てこと言うの、素直なアヤカちゃんに」
「あら、聞こえてましたか? 聞こえて、ましたか?」
マス江は、わざとらしく片耳に手を当てて、おろおろした虚ろな上目遣いをしてみせた。妙な白目まで出してみせる。彼女はときおりボケ老人のようなふりをするのが、得意なのだ。近頃は、ほとんど、悪質な趣味にすらなっていた。
そのとき中庭から、庭師の日置英二が、手を翳しながら、ゆっくりと大股で入ってきた。緊張が、そこでほぐれた。上背のある彼の体の影が、大きく床に投影された。
樹液の匂いの混じった外気がふんわりと入り込む。夏の太陽がじりじりと昇ってきて、蒼い木陰を大きく移動させていた。南向きのガラスから、直射日光が店内に明るく射し込む時間帯になってきた。
「いやあ、奇妙な庭ですねえ。まるで箱庭療法の箱の中だ。さまざまな想いが溜まっている。まずそれを綺麗にしなきゃね。この中庭そのものの、デトックス作業です。失意。欠乏。いろんなことに迷ってたんだな、この空間にかかわってきた人たちは。
特に、満たされない愛情欲求や嫉妬心の澱みの層。……全体としては、混沌とした色合いをしているが、それでもどこかひとつのトーンがある」
女たちは「何言ってんだろう、この男は」という顔で庭師を見た。取りようによっては、失礼な言い草だ。
【前回の記事を読む】冷蔵庫で冷やしておいた庭師からの貰い物の赤い果物を、ガラス皿に載せて持ってきた。一応は、上客扱いなのだ。
【イチオシ記事】ホテルの出口から見知らぬ女と一緒に出てくる夫を目撃してしまう。悔しさがこみ上げる。許せない。裏切られた。離婚しよう。