気がつくと、渋谷駅前交番の前にいた。無意識に電車を乗り継いでたどり着いたようである。薬局からここまでの記憶がまったくない。

こんなわたしはやっぱり心を病んでいるのだろうか。

うつ病なんかじゃなく、もっと重い心の病?……。

だが、この交番の前になぜやってきたのかは理解できた。貴輝と渋谷で初めてデートの約束をしたときの待ち合わせ場所だ。交番前にしようと言ったのは、貴輝。

「ここなら怪しいキャッチに声をかけられる心配はない」

「ここなら安心してまゆ実を迎えにいくことができる」

そんな真面目なところは、いかにも貴輝らしい。ここにいれば貴輝に会えそうな気がする。彼の会社や自宅に押しかけてもいいが、重い女と思われたくない。だから待つことにした。

時刻は確認しない。疲れるだけだ。スクランブル交差点をゆきかう人の群れを見るだけで退屈しない。多くは若者グループだが、顔ぶれは雑多である。彼らの人生ドラマを想像するだけで、時間が経つのを忘れた。

ところが、金髪姿の女性が目に映るたびにわたしは目をそらした。顔は全然わたしと似ていないのに、第三のオンナだと思ってしまうのだ。こんな金髪の出現率の高いところにいたら精神的に悪い。心臓がばくばくする。やっぱり今すぐ家に帰ろうか。

けれど、貴輝に会えるかもしれないという気持ちのほうが勝り、わたしは居続けることにした。

沈みゆく夕陽が、街全体をオレンジ色に染め始めていた。今日は金曜日。渋谷の街はこれからさらに賑わってくる。見ないと決めていたはずなのに、足に疲れが出てきたせいか休みたくなり、時刻を確認した。

十八時十五分。病院を出たのがたしか十二時前だったから、六時間近く同じ場所に立っていたことになる。

ついに貴輝はこなかった。現実はベタなラブストーリーのようにはいかない。

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